なかなか刺激的なタイトルで思わず手にしたが、アメリカから見た田中角栄・ロッキード事件という視点でまとめられた一冊。佐藤政権末期のキッシンジャー来日時の会談内容など興味深い。
1972年6月、キッシンジャーは佐藤栄作との面談で次期政権の行方を見極めようとしていた。そして、次の様な佐藤発言に出くわすことになる。
佐藤 : 「新聞は新しい風が求められていると書いている。・・・総理候補は福田と田中だが、東大を出ている福田の方が本流です。・・・田中は政治力もあるし、非常に男気もある。しかし、彼は学歴がない。・・・・元気であることを除けば拠って立つ基盤もない。」
キ : 「あなたは福田がなるのがベストだと?」
佐藤 : 「その通りです。」
この時、田中は派閥の領袖ではなく佐藤派の一員である。にもかかわらずこの佐藤の発言からは、東大と大蔵省を経て政界入りしたエリート福田に対し、小学校卒の学歴しかない成り上がり田中への侮蔑すら伝わってくる。
一方、来日時キッシンジャーは田中とも会っている。田中は持論を展開しながらも競争相手の福田を評して「福田はA級戦犯だった岸信介が政界復帰したときの同志」といった言い方をしたという。こうした会話はホワイトハウス議事録として本書に引用されている。佐藤の話もあけすけなら、田中も姑息な言い回しで福田をこき下ろす。
政治家の考えも一皮剥くとこんなものなのかと感心するやら呆れるやら。この5日後に、佐藤は退陣を表明し、三角大福による総裁戦は金が乱れ飛ぶ中、田中の勝利で幕を閉じる。
佐藤の田中に対する評価は多くの日本におけるエスタブリッシュメント、とりわけ官僚あがりの政治家や官僚達が実感していた素直な印象なのではなかったか。こうした田中に対する侮蔑感覚は後のロッキード事件解明と摘発を通して無視できない影だった様に思われる。
ロッキード事件に関しては過去から各種陰謀説が少なからず語られてきた。いわく、田中の資源外交が米国の怒りを買ったためとか、頭越しの中国外交がアメリカの反感を買ったため等。
田原総一朗が中央公論に掲載した論文「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」は「田中の推し進めた日本自前の資源外交、例えば石油であったりウランに関する日本の動き方、フランスとの話し合いや、ソ連とのシベリア開発の動きはアメリカのエネルギー戦略から見て非常に危険視された」という見方である。
また、台湾との関係を超えて実施された中国国交回復という田中の外交手法を見て、韓国は危機感をつのらせ田中政権を倒さなければならないと考えた、との見方もある。立花隆の「田中角栄研究 金脈と人脈」(1974年文芸春秋)はKCIAが種本を作成したとの話がまことしやかに伝えられた。
本書は、日本国外に記録されている資料や面談記録を傍証として各種流布された陰謀説には組みしないという立場で書かれている。そうした著者の思いとは別に、世界各国が田中角栄をどう見ていたのかに興味をそそられる。
日本では「コンピーター付ブルトーザー」とか「庶民宰相」などと田中政権スタート時にはメディアも国民も浮かれている間に、各国は交渉相手国であるリーダーの経歴・信条・性格・生活・趣味までもきっちりと把握する。
その一端は、1972年8月のハワイでの日米首脳会談(ニクソン・田中会談)に先立ち、駐日米国大使館が国務省宛に送ったバックグラウンドペーパーを紹介した部分を読むと垣間見ることが出来る。アメリカ側から見た田中角栄像が正しいかどうかよりも、こうした記録と判断に基づいて首脳会談戦略・戦術を練るというキッチリとした当たり前の仕事がなされていることが良くわかるというものだ。
こうした各国の老獪な外交交渉や情報戦を見ていると、現在の小泉外交のひ弱さをますます痛感してしまう。 (正)
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