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「免疫革命」 安保 徹著 講談社インターナショナル(288p)2003.7.11 1600円 |
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その間に数冊のガンに関する本を読んだ。なかでいちばん感銘を受けたのは、名著と評判の高い柳原和子の『がん患者学』(晶文社)だった。自身もガン患者である柳原が、手術と抗ガン剤・放射線治療の西洋医学に絶望して民間療法や代替医療、漢方に救いを求めて生きのびた患者に話を聞く、というもので、NHKで映像化されたからご覧になった方も多いだろう。 『免疫革命』の著者、安保徹は新潟大学医学部の教授。免疫学の研究者として国際的に知られた存在らしい。彼はこの本を書いた動機を、こんなふうに述べている。 「現代医療が病を治すどころかむしろ重くして」いる一方、「民間療法的な免疫療法、代替医療には科学的・理論的裏づけがない」。そこで「病気の根本的な謎を解き」、「免疫力がなぜ病気を癒すのか、その全体像を」明らかにする、と。いわば『がん患者学』が問いかけている問題に、学問的な裏づけを与えようというわけだ。といっても、研究書ではないから患者に語りかけるような口調で書かれている。 安保がここで取りあげるのは、ガン、アトピー性皮膚炎、膠原病。いずれも現代の難病といわれる病気だ。そしてこれらの病気に対する現代医学の療法はすべて対症療法であり、体が持っている免疫力を徹底的に抑えこむもので、病気を根本的に治すという目的には本来そぐわないのだと言う。 たとえば抗ガン剤はガン細胞の細胞分裂を抑えこむけれど、リンパ球などほかの細胞の新陳代謝も抑えこんでしまうので、ガンは小さくなっても体力がおとろえ、体全体の治癒力がなくなってしまう。アトピー性皮膚炎に使われるステロイドは皮膚に沈着し、新しい皮膚炎や炎症を起こす。そこでさらに強いステロイドを使うという悪循環におちいって、自然治癒のチャンスを奪ってしまう。 なるほどな、と思ったのは、痛みや熱や発疹というものは、体が自分を治そうとしている治癒反応なのだという指摘だ。だから熱や痛みや炎症を通過しなければ、病気になった人間の体は元に戻らない。耐えられない症状に短期間、効き目の強い薬を使うのはいいけれど、長期に使えば逆に薬が新たな病気を生みだし、本当の治癒には行きつかない。 著者の専門である免疫については、さすがに詳しく説明されているが、おおざっぱにまとめれば、こんなことになるだろうか。 免疫というのは、体のなかに入ってくる異物を消化したり吐きだしたりする仕組みで、白血球がこの働きを担当している。その白血球は自律神経によってコントロールされている。自律神経には交感神経と副交感神経があり、交感神経は体の興奮をつかさどり、副交感神経が働くと体をリラックスさせる。 白血球には大きくわけて顆粒球、リンパ球、マクロファージという3種類がある。顆粒球は交感神経に支配され、リンパ球は副交感神経に支配されている。 顆粒球は体内に入ってくる細菌を処理するが、強いストレスを受けたりして交感神経が過剰に反応すると、異常のない組織まで破壊してしまうことがある。ガン細胞はそのようにして生まれる。だからガン患者のほとんどは、働きすぎや心の悩みといったストレスを抱え、交感神経が過剰に働いて顆粒球が増え、逆にリンパ球が減って免疫が低下している状態にある。 リンパ球はウイルスなどの抗原と戦うが、リラックスしすぎて(具体的には運動不足や食べすぎ、肥満で)副交感神経が過剰に働くとリンパ球が増え、アレルギー性の病気を引きおこす。アトピーがこれに当たる。少子化による過保護、食事の内容が良くなったこと、外で思いきり遊ばせない、炭酸ガス(飲料)の取りすぎなんかが、副交感神経を過剰に働かせる原因となる。 要するに、人間の体は交感神経と副交感神経のバランスの上に成りたっているので、そのバランスが崩れることが病気の原因になる。交感神経が働きすぎて顆粒球が増えるとガンなど組織を破壊する病気になるし、副交感神経が働きすぎてリンパ球が増えるとアレルギー系の病気になる。 白血球の平均的なバランスは、顆粒球60:リンパ球35:マクロファージ5だという。ちなみに僕が5月に受けた検査の結果を見ると、顆粒球59.7、リンパ球32.7となっている。まあ標準的なところだろうが、2年前の数字を見ると、顆粒球が64.3と、ややストレス過剰の状態にあった。ちょうど勤め先で管理職などやらされていた時期だったので、そのせいなんだろうか。 「つまるところ、病気になるかならないかというのは、私たちの生き方にかかっています」と著者は言う。「心の持ち方が体調をつくる」「意識と無意識をつなぐ呼吸が重要」「体を冷やしてはいけない」と、著者の言うことは医者というよりは民間医学の格言に似てくる。でも、免疫という学問の領域を一回りした後にそう言われると説得力を持ってくるから不思議だ。 もうひとつ、著者の言葉で深く納得がいったのは、病状や検査結果を考えるとき、「数字ではなく自覚症状が大切」ということだった。数字ではなく、食事がおいしくなっている、体の冷えがなくなっている、顔色が良くなっている、疲れやすさがなくなったなど自覚症状が改善されていれば、数字が変わらなくとも、いずれ良い結果が出るものだという。 そういう姿勢は、著者のこんな言葉に象徴されているだろう。「私たちが生きものとして本来もっている危機意識、野生動物の勘みたいなものを、もう一度呼びさますことが必要です」。 民間医療や東洋医学ならともかく、国立大学で西洋医学を教える現役の医師・研究者の著書としては、ずいぶん思いきったことを言っている。僕は著者が専門家のあいだでどう評価されているのか知らないけれど、この人の言うことは信頼できる、という「自覚症状」を読後に得た。(雄) |