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「カルト教団 太陽寺院事件」 辻 由美著 みすず書房(260p)1998.5.20 2,000円 |
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読書家の良心といわれる、みすずの書にしては、書評が出るのが遅れていた名著。実は、日本人が現地に飛び克明な取材を重ね、しかもオウム事件とほぼ同時進行のカルト教団の顛末をドキュメントした労作で、哲学翻訳書や社会学定番本の旧来ラインとは異なっている点に注目。 既存書では同じみすずの「オルレアンのうわさ」(邦訳)の系譜で、日本人著ではあっても大御所モノでもない。著者は翻訳家・エッセイストで、1995年に第44回エッセイスト・クラブ賞を受賞している。 また、みすず、白水社など社会科学系の出版社をホームグラウンドとしているように、いわば筋金入りだ。1994年10月5日午零時過ぎのスイスの人口280ほどの小さな村シェリー(かのミシュランのスイス地図にも表記なし)で起こった火災がその端緒である。 焼けた農園の秘密の地下室に、祭壇を囲んで23人の遺体があった。床には赤いカーペット、壁は赤のビロード張りという赤一色。同日午前3時過ぎ、100キロ南に離れた別の村サルヴァンでもう一つの火災発生、ここでも25人の遺体、使われた同じタイプの爆破装置、これら事件は地下鉄サリン事件のわずか半年前のことであった。著者はサリン事件に触発され、そのアナロジーの解明に行動を起こした。 翌日になってカルト教団「太陽寺院」の信者達であることが判明、事前に本能的に逃れていた証人ティエリも登場して、集団自殺説、銃痕や刺殺跡からみての殺人事件説など入り乱れる。後にサルヴァンの2遺体から特定されることにはなるが、真の教祖マンブロ、表のリーダーのジュレが殺人・逃走の咎で暫くはインターポール手配を受ける。 だが、事件はこれで治まったわけではない、恐らく予定行動だったのだろう、その1年後に再び集団自殺が発生。次第に教団の国際的規模、おどろおどろさと欺瞞性が明かされていく。 カルトはセクト 仏スキー界の著名人金メダリストで実業家の一家のケースをいわば狂言回しにドキュメントは綴られていく。ご本人のみ気付かずほぼ一家中が教団の重要任務を担っていたくだりは震撼たらしめるに十分だ。 事件関係者への直接取材の結果が事件の深奥、現代社会での孤独、施術師、ヨガなど心身鍛練、科学の装い、著名人の巻き込み、教祖の威信と小心など多くの新興宗教のメカニズムとの類同性を明示していく。この教団の場合、薔薇十字の流れに属し、上部団体(テンプル騎士団の継承、秘密の集団指導部)の存在が仄めかされるなど構造はさらに複雑だ。 著者の当時の新聞などへの渉猟は困難を極めていたが、偶然の幸運もあって、知りうる限りの取材も含めて、一級の情報収集の模範をここに見る事が出来る。結末、結論的解釈は留保されているが、この後は、読者の個人的判断に委ねられよう。 エーコの「フーコーの振り子」、「薔薇の名前」の臨場感が我々に迫ってくる。なお、著者後書きによれば、仏語でカルト対応語はセクトで、「同じ教義を持つ集団の分岐」であって、いわゆるカルトとは異なるとある。(修) *「ラスト・サンクチュアリ」参照 |