長嶋解任問題とは-雑学大事典-な


長嶋解任問題


このところ、朝日新聞が「長嶋解任」の記事を連日流している。読売側から正式な発表がない時点で、解任記事を掲載する朝日の真意はどこにあるのか。

一説によると、1980年に長嶋監督が解任されたとき、読売新聞は大きく部数を減らしたいわれる。今回もライバル紙の部数が減れば、部数競争で大差をつけられている朝日にとっては、ビジネスチャンスであろう。これに対抗するかのように、巨人軍の渡辺オーナーは10日「最近の報道について」という緊急声明文を発表した。一野球チームの監督の去就がこれだけ話題になるというのも、長嶋監督のカリスマ性のなせるわざだろうか。

いずれにしても、チームの顔である4番と監督が、清原と森では、もはや巨人軍ではないとだけは言っておこう。一昔前のライオンズである。(1998.9.11)

前日、森・前西武監督が「要請があっても断る」と表明、翌12日、渡辺・長嶋会談で長嶋監督の「続投」が決まった。(9.12)

最近の報道について

最近、スポーツ紙のみならず、夕刊紙その他のマスコミで、長嶋君の第一次監督時代、その“解任”によって、読売新聞が20万部、50万部、いや100万部減ったので、今回も読売経営陣は、部数激減を恐れている──との報道が繰り返されている。これは、読売新聞のみならず、新聞の読者に対する信頼性に関する大変な無理解により発する誤伝であります。

新聞は、政治、経済、国際、文化、社会、スポーツ等の全社会事象に関する客観的報道と、社説を含む高度の評論によって、読者の信頼を得、かつ販売店とそのネットワークによる読者サービスの努力によって部数が増減するのです。

1980年長嶋監督が辞任したのは10月21日ですが、翌11月の読売全国部数の減少は対前月比で、わずか3,704部であり、さらに12月には11,139部増加しております。これは日本ABC協会発表の公知の部数であります。ちなみに、1980年11月に朝日新聞は、長嶋監督辞任とは何の関係もないのに、同27,131部減となっています。

また報知新聞の年間平均宅配部数の推移を見ると、長嶋監督が1975年に監督に就任した年は、セ・リーグ最下位で前年比25,000部減少したが、翌76年優勝して以来上昇しています。

ついでに日本テレビの巨人戦の年間平均視聴率を見ると、第一次長嶋監督時代の1978年の最高は25.1%、王監督時代の最高は25.3%、第一次藤田監督時代が1983年の26.9%が史上最高であり、第二次長嶋監督時代は、1994年の23%が最高で、昨年は20.8%でありました。

この間、巨人が優勝したり、1978年の王選手が800号ホームラン、1983年の原選手の打点王、槙原投手の新人王など、スター選手が活躍した年は高い視聴率を上げています。

以上のデータに疑いがあるなら、いかようにでもご調査下さい。

これを要するに、新聞部数は巨人監督人事の影響を全く受けておらず、TV視聴率は、優勝または選手個人の活躍の影響を受けていることがわかります。

長嶋監督の存在は、プロ野球振興上、不朽の功績をあげています。しかしその人事は、新聞経営──特に販売部数にとはまったく関係がありません。

今回の監督問題では、私は、長嶋監督の意思を尊重します。万一辞意を伝えられても慰留につとめますが、これは直接会わずとも他の手段で可能なので、私を朝晩追っかけるのは、記者諸君のエネルギーの浪費になるので、やめることを切望します。

読売巨人軍オーナー
渡 辺 恒 雄

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