夜は歌う【キム・ヨンス】

夜は歌う


書籍名 夜は歌う
著者名 キム・ヨンス
出版社 新泉社(320p)
発刊日 2020.02.15
希望小売価格 2,530円
書評日 2023.08.15
夜は歌う

韓国文学セレクションと題された一冊。本書を書店の書棚で手に取りそのまま買ってしまったのは、舞台が旧満洲国だったから。旧満洲国については以前から興味があって、研究者の著作からノンフィクション、小説、漫画まで、目につくとつい読みたくなってしまう。最近では小川哲『地図と拳』や、本サイトでも取り上げた平山周吉『満洲国グランドホテル』がある。その興味の源をたどっていくと、子供のころ近所の友だちの家に遊びに行くと、釣竿職人のおやじさんが満洲国に駐留した元兵士で、竿をしならせながら「♫ここはお国を何百里 離れて遠き満洲の」と「戦友」を歌い満洲の話をしてくれたことにたどりつく。

この『夜は歌う』がほかの「満洲もの」と違うのは、奉天(瀋陽)や大連といった都市部でなく朝鮮半島とソ連との国境地帯(現在の吉林省延辺朝鮮族自治州)延吉周辺(当時の呼び方では間島─カンド─)を舞台にしていること、そして主人公が朝鮮半島からやってきた朝鮮人であることだろう。時は1932年。満洲国が成立した年であり、現在の韓国や北朝鮮は大日本帝国に併合されて朝鮮民族の国家がない時代。だから、小説では日本と日本人が敵として重要な役割を果たす。

あらかじめ言っておくと、といってこれは反日小説じゃない。小説には二人の日本人が登場するが、二人は若き主人公の人格形成に大きな影響を与える。彼らは愛憎入り混じった複雑な関係にある。

小説は「民生団事件」と呼ばれる歴史的出来事を素材にしている。日本軍と戦う抗日遊撃隊のなかで、500人をこえる朝鮮人が朝鮮人によって粛清された事件だ。この小説は2008年に韓国で発表されたが、当時、韓国でこの事件はほとんど知られていなかったらしい。キム・ヨンスは安重根や朝鮮戦争など歴史的な素材をいくつもの小説に仕立てているようだが、日韓の資料を使ってこの小説を完成させた。

物語は「僕」の一人称で語られる(以下、「 」ははずす)。自分は何者なのか、どう生きるべきかといった成長物語である一方で、韓流ドラマみたいな波乱万丈のストーリー。僕、金ヘヨンは朝鮮半島の南部、慶尚道生まれで詩が好きな青年だ。工業高校を出て運よく満鉄に測量士として採用され、鉄道敷設の調査で間島の龍井(ヨンジョン)にやってくる。満洲国建国直後の間島には40万近い朝鮮人が住んでいた。僕は満鉄で二人の日本人に出会う。ひとりは大連の満鉄調査部にいる西村。西村は東京帝国大学在学中に共産党に入党し地下活動していたが検挙され、獄中で転向。出所後、詩人として活動したが心中事件を起こして生き残り、満洲にやってきた。もうひとりは、僕のいる測量班を警護する中隊の中島中尉。彼はどうやら石原莞爾の信奉者らしい。その一方、ハイネの詩を口ずさむ「浪漫主義者」。中島は僕にこう言う。

「俺はおまえが気に入った。…自分を卑しいとは思っていないようだ。…いままで人を殺したことはあるまい? だが満洲にいるかぎり、お前のようなやつもいつかは人を殺す日が来る。その日が来たらまた話そうじゃないか。果たして死ぬとはどういうことなのか。…死があるからこそ生きるのが素晴らしい、それが分かれば充分だ。だから犬死にしやしないかと体を震わせて怯えるくらいなら女を愛せ」

その言葉どおり、僕はソウルの梨花女子専門学校を卒業したピアニスト、李ジョンヒと出会い、恋に落ちる。僕は中島にもジョンヒを紹介し、三人で酒を飲む間柄になる。が、僕がジョンヒに求婚した直後、ジョンヒは死に、僕は拘束される。彼女が殺されたのか自殺したのか判然としないが、実はジョンヒは抗日組織の一員で、情報を取るために僕と中島に近づいたのだった。そのことを知って、僕は「話を聞く前にいた明るい世界から永久に追放されたような気分だった。僕の向かった所は、信じられるものなど何もない暗い世界、自分すらも信じられない夜の世界だった」。

釈放され、満鉄を辞めた僕はいっとき阿片に溺れるが、龍井の写真館に住み込んで養生することになる。写真館を手伝っている娘、ヨオクは抗日組織の連絡員。僕とヨオクは互いに好意を持つようになり、抗日の遊撃区である彼女の村に行ったとき、村は日本軍の討伐隊に襲われヨオクは右脚を失う。日本軍の手先ではないかと疑われていた僕も、以後は信頼を得て抗日組織の村(ソビエト)で、ジョンヒと高校の同級生であるコミュニスト、朴トマンと行動を共にすることになる。また、満洲国と協力して間島に朝鮮人特別自治区をつくろうと運動する「民生団」を主導する朴キリョンとも知り合う。

当時、間島の抗日組織にはいくつもの集団があった。中国人主体の救国軍、朝鮮独立を目指す朝鮮人主体の独立軍、土匪系の山林隊、中国共産党系の遊撃隊。共産党系については注釈がいる。かつて秘密裏に朝鮮共産党が結成されたが日本の度重なる弾圧で壊滅し、コミンテルンも一国一党の原則から朝鮮共産党を認めず、間島の朝鮮人コミュニストは中国共産党に合流することになった。しかしもともと「民生団」に所属した者が多い朝鮮人コミュニストは、共産党中央によって民族主義者として糾弾されることになる。日本軍の討伐を逃れた遊撃隊のなかで、ある夜、二人の朝鮮人コミュニスト、朴キリョンと朴トマンは互いを民族主義者とののしり、朴キリョンは朴トマンに向けて銃を発射する。それはまだ始まりにすぎなかった。

「『1933年の夏、遊撃区にいた朝鮮人共産主義者とは誰か』。それに対する正しい答えはない。彼らは朝鮮革命を成し遂げるために中国革命に乗り出す、という二重の任務を負っていた。彼らは中国救国軍が日本軍に敗退したあとも最後まで闘った、強硬で勇敢な共産主義者であり、国際主義者だった。同時に、民生団の疑いをかけられひどい拷問を受けても、絶対に自分の正体を明かさない日本軍の手先でもあった。誰も、彼ら自身でさえ、自分が何者なのかわからなかった」

物語はさらに転々し、最後、僕と中島中尉は再会して対決することになる。その後の歴史を考えれば、結末はおのずと明らかだろう。国を失い、国を離れ、旧満洲の地で日本軍と戦う朝鮮の男たち女たちと触れ合いながら、最後までどこか傍観者的インテリの姿勢を崩さなかった「僕」は、中島中尉の言葉に導かれてある行為に出る。そのことによってはじめて、「僕」は死んでいったジョンヒやトマン、また中島の「夜の世界」に正面から向き合うことができるようになったのだろう。

この時代、列強の侵略に抵抗する思想としてコミュニズムは輝いていた。一方、スターリンや毛沢東に象徴される内部の暴力的な権力闘争、粛清の芽も抱え込んでいた。その両者に引き裂かれながら、東アジアの片隅で戦い、死んでいった無名の朝鮮人群像。キム・ヨンスは歴史に埋もれた、そうした存在を蘇らせた。悲劇的な物語にもかかわらず、全体が暗いトーンでなく、恋愛や友情も絡んだ青春ものの趣もあるので読後感は意外に爽やかだ。

われわれには馴染みの薄い地域の忘れられた歴史を扱った小説だけど、巻末に綿密な注があり、最初はわずらわしいけれど丹念に読んでいくと、おおよその背景が理解できるようになっている。橋本智保訳。(山崎幸雄)

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