高橋邦太郎
雑学とは一体、何をさして言うのかと、まず、新村出先生編集の「広辞苑」をひいてみた。
ざつがく(雑学) 雑多な物事にわたって考究すること。雑駁(ざっぱく)な学問。やや軽蔑(けいべつ)の意を含めていうこともある。──しゃ(雑学者) 専門を定めず種々の事柄を研究する人。
……意を含めていうこともある。とは、老獪御用学者うまく逃げましたな。こともあるとは、いわないこともある。というのを言外に匂わせて、巧みに責任を回避しているわけで苦しい表現と言わざるを得ない。
ひるがえって、フランス系統ではどういっているかと、手近にあった鈴木信太郎監修のスタンダード・和仏辞典の「ざつがく」のところを繰ってみると、
ざつがく(雑学) connaissances de dilettante
とある。なるほど、これは当らずと雖も遠からず、矢は的をはずれてはいない。ただ的の真中には命中していないだけのことである。ディレッタントは、ちょっと日本語には訳し難いが、専門家ではない人士──という意味で雑駁(ざっぱく)などという失礼な意味は微塵もない。
世の中に学位というものがあり、学者の中に何とか博士、かんとか博士と、いかにも貴重なように思われているが、いわゆる専門家の研究は細く、狭く、掘り下げて何とか纏め上げた論文をどこかの大学に提出して貰うものである。だが博士とは元来「広く知る人」という意味であろう。これほど名目と内容が喰違っているものも少い。学際とは程遠いことではある。仏和辞典の示す「専門家でない人士の知識」、これがどれほど深いか、広いか、それは各人各様なのは当然であろう。
(昭和50年7月「雑学」創刊号 所収)
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