水鏡綺譚【近藤ようこ】

水鏡綺譚


書籍名 水鏡綺譚
著者名 近藤ようこ
出版社 青林工藝舎(452p)
発刊日 2004.5.31
希望小売価格 1600円+税
書評日等 -
水鏡綺譚

読み切りのストーリーをいくつも重ねながら、全体がさらに大きな物語をなしてゆくこの漫画を読みながら、いつかどこかで見たという既視感をずっと感じていた。この顔は、この目は、どこかで見たことがあるぞ。

僕は女性漫画をそんなにたくさん読んでいないし、近藤ようこの作品も現代ものを2、3冊読んだことがある程度だから、その既視感がどこから来るのか分からないでいた。

そうしたら、「あとがき」で近藤ようこ自身がその謎を解いていた。彼女は小学生のころ白土三平、なかでも「カムイ外伝」のファンだったというのだ。「ころころと可愛くて、素朴でエロティックな、私が一番好きだった白土三平の少年漫画みたいなテイスト」をこの物語に入れたかった、と彼女は書いている。

そうだったのか。言われてみれば、戦乱の続く中世の世を少年と少女が旅しながら、さまざまな怪奇に出会い、解決してゆくというストーリー自体、抜け忍カムイが次々に襲ってくる敵を倒しながら旅する「カムイ外伝」と同じ構造をもっている。

少年ワタル(この名前も白土三平に出てこなかったっけ?)の大きな目や、長い髪を後ろで束ね、短い胴着に身をつつんだ姿は、「カムイ伝」ではなく「カムイ外伝」の少年のようなカムイにそっくりだ。

作者が女性だからか、そのワタルより魅力的に描かれているのが、ワタルとともに旅する鏡子(かがみこ)。「魂をなくしてしまった少女」である鏡子はいわば聖少女で、ワタルを男として見ないし、彼に女として接することもしない。

でもその大きな瞳や黒く豊かな黒髪が、その無意識なふるまいが(「伊豆の踊り子」の露天風呂みたいなシーンが出てきたりして)否応なくワタルの心をかき乱す。ワタルの夢に出てくる、一糸まとわぬ姿で逆さに吊された少女のような鏡子の姿には、オタク君なら萌えてしまいそう。このあたりが、彼女が狙った少年漫画の「妙なエロさ」や「ドキドキ感」なのだろう。

山に捨てられオオカミに育てられたワタルは、行者として修行中の身。ある村で、夜盗にさらわれた娘たちを助けにいって鏡子に出会う。鏡子は長者の娘らしい身なりをしているが、魂を抜かれたらしく自分の家がどこかも分からない。

そこからワタルと鏡子の、彼女の故郷を探しての旅が始まる。野中の一軒家に旅人を泊めては殺す公卿や、兄に殺された武士の亡霊、美しい母に化けてワタルをたぶらかす女狐、鏡子に取りつく魔物の眷属などが次々に2人の前に現れ、ワタルは時に呪術を使って危機を逃れる。このあたりは大学で民俗学を学び、折口信夫を読んだという近藤ようこの独壇場だろう。

だからこの漫画の本当の主人公は、人間のなりをしていても本当は人間ではないものたちだ。

若く美しい白比丘尼が身を売っているのを見て、ワタルが言う。
「尼の姿をしていても、やっていることは遊女と同じか」「お前こそなんじゃ。そのボーッとした娘(鏡子)を売りにいくのか」

逆にからかわれたワタルは、さらに言う。「ちがうわい。俺は立派な人間になるために修行してるんだ」。白比丘尼は道連れの老比丘尼にいう。「のう尼よ。わたしらは千年も万年も生きてきたが立派な人間には一度も出会わなかったのう」

その老比丘尼が殺され、白比丘尼が掌から死んだ老比丘尼の額に水をしたたらせると、死者は赤子に生まれ変わる。ワタルと、赤子を抱いた白比丘尼との会話はつづく。

「お前たちは何者だ?」
「さっきから白比丘尼といっておろうが。生まれ変わり死に変わりして生き続ける者じゃ」
「な、なんのためにそんなことを」
「そんなことはわからぬ。それならおまえはなんのために生きておるのじゃ」
「お、おれは立派な人間になるためだ」
「なるほど。それならわたしたちは人間の罪を背負うために生きているのかもしれぬ」

この漫画には、誰もが感ずるように浄土教の無常観やら密教的な呪いと鎮魂やら、打ちつづく戦乱のなかで国中をおおった仏教の末法思想的な思いと感情が大量に流れ込んでいる。日本の物語の大道といってもいいくらいだ。

にもかかわらずこの漫画の背中をすっと貫いているのは、ワタルがしばしば口に出す「立派な人間になる」という言葉に象徴されるような、少年の素朴な正義感ではないかと思う。

そのすっくと立った姿勢からは、僕たちが1950年代から60年代に大量に読んだ戦後の少年漫画のヒーローに重なるものを感ずることができる。それこそが、近藤ようこが白土三平をはじめとする少年漫画から、絵や線の影響以上に学んだ大切なものだったのではないか。

そんな少年漫画の正義感と、中世以来この国を連綿と貫いている無情感との接点に、この美しい物語が生まれた。

「水鏡綺譚」は1980年代の終わりに雑誌連載され、不人気で打ち切り(?!)になったのを、12年ぶりに最終章を描き下ろして刊行されたもの。中断された連載の最後のコマで、ワタルはこうつぶやいていた。「早く鏡子の家を見つけねば、早く鏡子と別れねば、俺は鏡子から離れられなくなってしまう」

作者がワタルと鏡子にどんなラストシーンを用意したか。そこに12年の歳月が感じられる。(雄)

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