男性不況【永濱利廣】

男性不況


書籍名 男性不況
著者名 永濱利廣
出版社 東洋経済新報社(224p)
発刊日 2012.10.26
希望小売価格 1,575円
書評日 2012.12.13
男性不況

本書のタイトルである「男性不況」という言葉は、リーマン・ショックの後の2009年にアメリカにおいて全体失業率が10%に達し、同時に男性失業率が女性失業率を2%上回る事態になったことをミシガン大学の教授が’Mancessionと名付けたことに由来する。アメリカではオバマ政権のもと苦労しつつも各種の雇用対策によって徐々に状況は改善して、男女差も縮まり、’Mancession’という言葉はもはや使われなくなっている。一方、日本では依然としてこの問題は解決されることなく、むしろ拡大し続けているというのが著者の指摘。この実態と原因を考察し、とるべき政策についての提言が本書の内容である。

著者の永濱は1995年の学部卒とあるから40歳前後の人であろう。あえて、著者の年齢にこだわるのは、事実認識はともかく、処方箋というか政策論に関しては世代差による発想の違いがどうしても出て来がちである。日本の不況感の長期化によりデフレ風潮は固定化され、国民が金を使う意欲を高める要素が見当たらない現状は全ての世代で共通するものである。それを世代で見れば、高年齢層における老後の不安と若年層における雇用の不安という異なった理由があり、ゼロサム状況での政策優先度の考え方は世代間で意見の相違が発生しておかしくない。

本書では多くの統計が駆使されているが、期間としては15年間と5年間の統計で説明されているものが多い。15年とはアジアの金融不安と日本における消費税増税と金融機関破綻から現在までであり、5年とはリーマン・ショック以降の時期となる。この二つの時間軸でマクロ的な状況把握をしつつ、著者の分析はより具体的なレベルに踏み込んでいる。

まず、男性については雇用減となっている一方、女性の雇用については景気の変動にもかかわらず一貫して増加し続けているのが日本の実態である。産業別でみると製造業・建設分野での就業者の減少と医療・福祉・介護分野での増加というトレンドが顕著である。製造業と建設業での男性比率はおのおの70%と86%と高率であり、かつ男性就業者の40%近くがこの2業種で働いている。一方医療・福祉・介護分野での女性比率は80%と高いことを見ても、雇用における男女間の明暗は明らかだ。

製造業の低迷についての著者の見方は次の通りだ。リーマン・ショックによって世界的な「買控え」が発生し、いわゆるぜいたく品である自動車と家電が主たる対象になった。この二つの製品分野は日本企業の強みであり、輸出品目としての主力でもあったことから、この「買控え」は日本経済を直撃した。リーマン・ショックによるGDPの各国の落ち込みを見ると、欧米と比べて日本の落ち込みが最大となったことからもその影響の大きさが判る。また、建設業の就業者減少に目を向けると、少子化により生産人口が減少している局面では建設事業の成長は無いというのは歴史が証明している。加えて、小泉政権以降、公共投資は減少し続け、民主党に政権交代し「コンクリートから人へ」というマニフェストのもとその減少は一層加速した。この二つの男性優位業種が、世界規模での減速と同時に日本固有のマイナス要素を抱えているというのが著者の見立てである。

次に、給与や所得についての見方である。日本の給与については1997年金融不安後、一貫して下がり続けている。これは年功序列体制の崩壊による正規雇用者の賃金低下とともに非正規雇用者が増加したことによるものだ。しかし、この間でも女性の正規雇用者を取ってみると、その給与は同一期間で上がり続けていることが示されている。この理由は女性管理者の増加とともにホワイトカラーへの進出が挙げられる。男女別賃金格差の今後の傾向を示唆するデータが示されている。それは、欧米では男性に対して女性は80%以上、アジアでもフィリピンやタイでは90%を越えているが、日本では70%弱。この現状を見ると、世界的に見れば日本の女性賃金は依然として男性比相対的に安く、女性の給与は上昇を続けると考えるべきという数字である。

また、もう一つの問題は世帯間の所得格差の拡大である。「現在の世帯間格差の発生は小泉政権下での規制緩和によって広がった」とする考え方に著者は反対の立場をとっている。永濱は、男女の賃金格差が縮まっていくこと、相対的に女性の給与が上がっていくこと、で世帯間所得格差は広がってきたと考えている。高所得の女性は高所得の男子を結婚相手に選ぶだろうという見方だ。女子の結婚相手を選ぶ要素として相手の経済力は高位にあるが、男子が結婚相手を選ぶ要素として女子の経済力は対象としては低位であるというデータが示されている。くわえて、女性の社会進出が進んでいるものの、女性自身の意識があまり変わっていないのではないかという意見である。そのエピソードとして東大在学生の女性に、何故東大に入ったのかと質問した際の答えが象徴的に紹介されている。

「官僚になるためでも弁護士をめざしているからでもなく、ずばり専業主婦になりたいから・・・それなりの稼ぎがある旦那さんを見つけるためには、将来性のある男が沢山集まっている大学に入るのが一番」

周りを見渡してもそうであるが、日本の晩婚化、未婚化は多くのデータが示している。フランスのように事実婚が認められていない日本ではこうした婚姻率の低下は少子化として社会の構成に大きな影響を及ぼしている。「男は結婚できない、女は結婚しない」と著者に締めくくられるのもなかなか切ないことである。また、2009年に30才未満の勤労単身世帯における男女間の可処分所得が逆転したというデータとともに、全ての世代で国内外の旅行経験が男を女が上回ったというのには驚かされた。そこでまた著者は言い放つ、「閉じこもる男、飛び回る女」。

こうした、経済環境下で日本が元気にならなくては話にならないとばかりに、経済産業省から「産業構造ビジョン2010」が発表になった。このビジョンでは、インフラ関連システム輸出、環境・エネルギー、医療介護健康、文化産業立国(ファッション・コンテンツ)、先端分野(ロボット・宇宙)といった戦略5分野に力を注ぐといっており、この5分野での雇用創出は260万人、趨勢として既存産業分野での雇用減180万人、雇用の純増としては80万人の増と言っている。これをベースに著者は分野別・男女別の雇用増減をシュミレーションしている。その結果は女性の雇用135万人増、男性の雇用55万人減となるというもの。ビジョンを成功裏に実行したとしても男性雇用が減少するという厳しい数字が示されている。国の産業戦略でも「男性不況」が解決しないとするとどうすべきなのか。

マクロ政策としては大きく3点をポイントとしていると読んだ。

第一に、法人税を減税すべきと言っている。この問題は国の税収の観点からは付加価値税としての消費税との負担比率が大きな問題として議論されなくてはならない。第二に、欧米・アジア各国と比較して、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)などのカバー率は最低で自由化が遅れており、保護主義的な高い関税を無くし、自由貿易に進んでいくべきとの考え方だ。これも、産業構造の変化へのグランド・デザインが大激論を呼ぶはずである。第三に円高の対処である。購買力平価のトレンドを見ても1985年以降一貫して円高で推移している。これを解決しない限り日本経済は浮上しない。金融政策の総動員を提言しているが、バブルに懲りた日本銀行との政策すり合わせがどこまで整合的に出来るかが問われるだろう。

かたや、男性個人としての「男性不況」対策を次のように挙げている。「付加価値の高い成長分野の職に就く。海外で働く。女性メインの産業で働く。専業主夫となる。奥さんが働き続けられるように支援する」などなど。

「男が一家の大黒柱」という言葉がずいぶん遠くに行ってしまったようだ。評者も女性の社会進出は賛成だし、能力は男女問わず発揮すべきだと思う。そして、マクロの政策は著者の言う三点は進めていかなければ10年20年単位で見た時の日本の姿はあまりに厳しく、「男性不況」どころではなく「日本不況」と言われることになってもおかしくないと思っている。だからといって男性個人としての対策に「専業主夫となる」というのはウーンと唸ってしまうのだ。読み終えてみれば、興味深いデータが満載であり、著者の論に賛成する、しないに関わらず統計による納得の重要さが面白く感じられた。(正)

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