都市はなぜ魂を失ったか【シャロン・ズーキン】

都市はなぜ魂を失ったか


書籍名 都市はなぜ魂を失ったか
著者名 シャロン・ズーキン
出版社 講談社(392p)
発刊日 2013.01.12
希望小売価格 3,990円
書評日 2013.09.15
都市はなぜ魂を失ったか

副題として「ジェイコブズ後のニューヨーク論」とある。本書でいう「都市」とは「ニューヨーク市(NYC)」であり、時代は「ジェイコブズ後」とあるように1980年代以降を主な対象としているのだが、過去からの経緯も詳しく語られているのに加えて、多様な映画や小説からの引用も多く、ニューヨークに対する広範な知識がないと、本当の意味で読みこなして行くのはなかなか難しい本である。仮に、本書を大学の都市計画の教科書として使おうとすると、教える側も教わる側もベースとなる知識の要求レベルに対応するのは大変なエネルギーを要するのではないかと想像する。

評者のような週末読書家で、NYCに対する知識や体験といえば、仕事の関係でマンハッタンから車で小一時間ほど北に位置するホワイトプレーンズやアーモンクといった、いわばニューヨーク郊外に滞在する出張は多かったものの、マンハッタンに宿泊した経験は殆どないという「NYCの素人」にとっては、見たこともない映画からの引用は適当に読み飛ばしつつ、現在のニューヨーク・ガイドブックとして読んでいくという楽しみ方も可能な一冊だと思う。

ニューヨークの都市計画の第一の転換点は第二次大戦終了の1945年から1960年代の期間であり、それは副題に登場するジェイン・ジェイコブズがニューヨーク市の再開発責任者であったロバート・モーゼスとニューヨークのあり方について議論を闘わせていた時期にあたる。モーゼスはマンハッタンの高速道路の整備や、大きな街区単位の再開発によって機能集中を徹底することにより企業都市の確立を目指していた。一方、ジエイコブズはローワー・マンハッタンの住民として、自動車中心の計画における人間不在を指摘し、混用(商業と居住)地域の確保や住人の多様性の尊重、といった問題提起をおこなった。

結果としてローワー・マンハッタンの高速道路計画の一部は中止され、ジェイコブズは都市計画に関する先駆的役割を果たしたと言われている。著者は1980年代以降のニューヨークの都市論を展開するにあたって、ジェイコブズによって提起された論点の重要さは変わっていないとしながらも、「生活の継続性」「民間組合の責任」「多様化するメディアの影響」「街や商店の均一化」など時代とともに出現する新たな論点について論じている。

著者は都市や地域の持つ価値を次のように考えている。ある地域に昔からずっと存在しているという「Origin(由来)」と、新しい世代や住民が自分達で形成した「New Beginning(新しい始まり)」という二つの異なった概念から生まれてくる地域特性(アンコモン=特徴的)の発揮が重要であるとしている。それは、具体的にニューヨークという都市で考えれば、大戦後に歴史保存主義者たちの目標であった「オーセンテック(本物)」な建物、街路、公園を保全する活動とともに、新しい世代の欲求として文化的革新の中心地を構築するという二つの活動の相乗効果によって地域特性は「オーセンティシティ(本物であること)」という評価が得られ、結果として地域の魅力が高まることになる。

しかし、こうした「魅力」はブランド化され、商品や地域の特性に関係なく「クール」なものとしてビジネスに利用されるようになる。そのリスクについて、こう記している。
「21世紀初頭のニューヨークは魂を失っていた。・・・マンハッタン化とは、すなわち『オーセンテック(本物)でない』ことを意味していた。ただひたすら毎年高くなり続ける高層ビル、お互いの名前も知らない群集、お粗末であるにも関わらず高価な住環境、あるいはスタイリッシュさを激しく競うことなど・・・都市の価値とは、・・・生活と労働の継続的なプロセスであり、日々の体験によって徐々に形成されていくものであり、住民にしろ、建物にしろ、今日ここにあるものが明日も続いていくという希望なのである。・・・継続性がなくなった時が、都市が魂を失う時です」

このような、人=住民からの視点らの持続性を強く語ることの実践として、本書の二章目以降では、具体的な地域や都市空間の状況を詳細に記述しているのが圧巻である。まさに、路地から路地へ、季節の移り変わりを伝え、人々の生活を描写していて、NYガイド・ブックの様相でさえある。その描写の細密感に圧倒されるばかりだ。

そこでは五つの地域が選ばれている。ブルックリン、ハーレム、イースト・ビレッジ、この三つは「アンコモン(特徴的)」な地域として、「コモン(公共的)スペース」としてユニオン・スクエア、ブルックリンのレッドフックが取り上げられている。各々がこの30年間の間にいろいろな観点から大きく変貌したと指摘されている地域だ。例えば、評者の1970年代までの知識でいえば、ブルックリンは古い工業地帯であり、そこで働く移民労働者たちの劣悪な住環境か集積し、犯罪率が極めて高いといった負のイメージが強い。

このブックナビの書評の相方である「雄」氏が6年程前に、一人一年間ニューヨークに行き、加えてブルックリンに部屋を借りると聞いた時、生きて帰れないぞというと大げさだが、それに近い驚きを覚えたものだ。しかし、1970年代から1980年代にかけて「荒涼」と表現されていたブルックリンも21世紀を迎えて「クール」とまで言われている変貌の経過を本書から読み取ると、まさに行ってみたくなる街として理解出来るのだ。

ハーレムしかりである。黒人の街という「Origin」に対して、新しい姿に変わりつつあることは街の再活性化という視点では喜ばしいことだとは思うが、Jazz好きの評者としてはハーレムが持っていたあのいかがわしさも失って行くことについては痛し痒しといったところではあるが。

一方、コモンスペースとしてのユニオン・スクエアを語る中で、「ユニオンスクエア・パートナーシップ」と呼ばれる仕組が紹介されている。評者は初めて知ることであったが、それは、当該都市空間に既得権益を持つ地元の事業主と金持ちのパトロンによって民間の組合が構成され、その組合によってユニオン・スクエアに対する資金管理・運営管理・統治管理を行うというものだ。こうした仕組はニユーヨーク市が資金面からも無力であったために民間の力を活用するという意図で行われてきたものだが、住民は清潔で安全な空間を得た一方で、住民はその場所(このケースで言えばユニオン・スクエア)に対するコントロール力を失ったと著者は指摘している。

このように、住民にとってはいろいろなトレードオフが発生しつつも変化を遂げていった地域は数多く出現していった。その一つの流れが、金持ちで高い教育を受けた人々が低所得者の住む地域に引っ越してくる「ジェントリフィケーション」と呼ばれる現象であり、そこではメディアが重要な役割を果たしたと著者は強調している。1970年代以降多く独立系の週刊新聞がニューヨークで発行されはじめ、その後それらはインターネット系のコミュニケーション形態にとって替わられるのだが、これらのメディアはいわゆる「ライフスタイル・ジャーナリズム」として、最先端の地域の魅力としての料理や食材、文化、芸術などの面でニューヨークが「オーセンティシティ」を消費する最良の場であることを徹底して伝えていった。

その結果「食」が都市文化の「アート」にさえなったという著者の考え方は鋭く、的を射ていると思う。しかし、こうした状況は、地域活性という面で見れば消費経済の進展や利便性の向上といった原動力であると同時に、金持ちと貧困層、若者と高齢者といった集団の間に経済的な格差だけではなく、文化的なバリアも作り出していく中でのキーワードを次のように言っている。

「こういった都市や地域は『由来』と『新しい始まり』の双方に敬意を払っていますが、住民・労働者・小規模で小さな資本の店舗・中流階級に属する人達に対しては、彼らがその場所に住み続けられるほど十分な敬意を払っていません。建物の用途の多様性だけでなく、そういった人々の社会的多様性こそ都市に魂を与えるのです」

しかし、こうした状況はニューヨークに限った話ではなく、東京でも上海でも同様のことが起こっている。再開発された都市型商業地区は国内のみならずグローバル・ベースでみても悲しいほど均一化されている。マクドナルドやスターバックスと言った「食」の均一化、H&MやUNIQLOといった「衣」の均一化、そしてグローバルなファション・ブランドのブティックが軒を並べている景観などは一部分を切り出せばどこの国のメインストリートかは判断出来ないのではないか。たしかに、良質の商品を手に入れ、最高のサービスを享受し、そして流行の最先端を消費しているという満足感を提供する反面、明らかに地場の商店はその地区から撤退を余儀なくされる可能性は高い。

風景や景観を守り、歴史的資産を保護しつつ、住民と地域文化を守るという、ある意味で相反する連立方程式を解いていかなければならないのが都市の宿命であり、正解が一つではないという中で、住民とともにその最適解を問い続けることが正解に近づいていく唯一の方法のように思えてきた。評者は居住している区の風景づくり委員をやっているのだが、立場の違うステークホルダーズの多様な意見に対して、ある種の基準としての考え方のヒントとして何か役に立ちそうな本であったし、マンハッタンを「旅人」としてでもゆっくり歩いてみたいという気持ちにしてくれた本である。(正)

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