一般にはあまり知られていないが、大企業の社長や政治家などに広く愛読されている詩がある。サムエル・ウルマンの「青春」という詩がそれだ。
「青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」というフレーズが受けている理由らしい。要するに「青春とは年齢じゃないよ」という内容なのだが、それが老人たちの口から出てくると、何か言い訳がましく聞こえる。この詩を持ち出すこと自体、当人たちがすでに「老い」を意識し始めている証拠ではないだろうか。
ちなみに、社民党の土井たか子党首も、この詩の愛読者だという。
- 宇野 収・作山宗久「『青春』という名の詩」産能大学出版部
青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。逞しき意志、優れた創造力、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は70であろうと、16であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く 疑念と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時こそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。
(松永安左右エ門 訳)
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