新 13歳のハローワーク【村上 龍】

新 13歳のハローワーク


書籍名 新 13歳のハローワーク
著者名 村上 龍
出版社 幻冬舎(561p)
発刊日 2010.03.25
希望小売価格 2,730円
書評日 2010.06.17
新 13歳のハローワーク

中学生向け職業大百科の新版が出版された。「13歳の」と銘打たれているものの、13歳(中学一年生)に限らず、就職を控えた学生や、働いている若者たち、また企業の管理者が読んでも、多くのヒントが見つけられる本だ。中学校の授業に対応させる形で約500種類の職業を取り上げていて、国語が好きな子供には、「随筆や物語を読む」「詩や作文など文章を書く」「詩や文章を朗読する」といった入り口が準備され子供たちの好奇心や興味を軸にして具体的な職業に展開していく構成。紹介されている職業の範囲は驚くほど広い。ちなみに「詩や作文など文章を書く」職業として紹介されているのは、作家・詩人・俳人・ライター・テープリライター・コピーライター・速記者・放送作家・シナリオライター・作詞家・童話作家・歌人・携帯小説家といったもの。500種類の中にはそんな職業も紹介するのかと疑問に思うものもある。しかし、内容はあくまで真面目そのものである。例えば、「社会」→「経済や商売に興味がある」→「ホステス」と辿ってみた。

「お酒を飲みながら男性客の話し相手をする。銀座の高級クラブからいわゆるキャパクラまでさまざまな店のホステスがいる。指名や、客と一緒に入店する同伴をすれば収入が多くなる歩合制がほとんどで、ごくまれに、年に数千万を稼ぐホステスもいる。容姿がいいだけでナンバーワンのホステスになることは難しい。一人ひとりに合わせた接客ができなくてはならない。そのためには、時事ニュースから趣味に至るまで、さまざまな事柄を勉強し、幅広い話題に対応できることも重要である。また、独特の神経の強さが不可欠で、合わない人は肝臓を壊してやめていくらしい。」

中学生が真剣にホステスという職業を調べるとは思わないが、その記述はコンパクトに上手くまとめられている。

ただ、「そのためには」以降の説明は、評者が永らく職業としてきた「営業職」の特性とほぼ同じではないかと考えると、いささか忸怩たるものがある。

こうした個々の職業の紹介とは別に、一次産業(農業)、環境、伝統工芸、医療・介護、ITといった業界をSpecial Chapterとして特別に解説している。これからの若い人たちが職業という観点だけでなく、社会的課題として考えてほしいということが村上の意図だとするとその選択は正しいと思う。特に農業はこれからの日本のあり方を大きく規定する産業だといえるが、子供たちに農業を語ることが出来る親はどれだけ居るのか、教師はどれだけいるのだろうかと考えると本書の意味も出てくるというものだ。

もう一つの特色は、現役の多様なプロフェッショナル達がエッセイを書いていること。たとえばトヨタのチーフエンジニアは「エンジニアにとってもっとも大切なもの」と題して「好奇心」や「実行してみる」ことの大切さを説いているように、プロ達が丁寧に自分たちの経験を紹介しながら子供たちの役に立ちたいという思いで一生懸命に書いている。「ワインに関する仕事にとっての海外修行」と題するワイン・ショップの店主のエッセイは次ぎのような内容である。

「(インターネットの発達などで)・・・日本にいても世界中のいろいろなことを知ることが出来るようになった。しかし、チャンスがあったらぜひ本場海外の生産国で勉強すべきです。・・・すばらしい生きた知識が身に付くと思います。・・・・・花の香りをかいだり、食事のときに味わいをしっかりと理論的にとらえて表現する訓練はとても重要です。・・・自分勝手ではなく、他の人が味わってみても、同じように理解できる的確な言葉で表現しノートやブログなどに記録をつけていくと、将来のワイン専門家への基礎になります。・・・」

その道のプロ達は夢があるアドバイスを示しているとともに極めて具体的なアドバイスをしていることに気づかされる。子供達に対する暖かい視線というか愛情によって本書の内容は組み立てられている。そして、村上の職業観は「はじめに」という20ページほどの冒頭の文章にその全てが凝縮されていると感じた。

まず、「自立」というキーワードを挙げて働く意義を語っている。 「子供と大人の違いは社会的に自立できているかどうか、自分で生活していけるかどうか。・・・つまり、生きるために必要なお金を自分で稼ぐことができるということ。・・・・靴磨きの仕事をして少ないとはいえお金を稼いでいる少年はある意味、大人の要素をもっている。一方。30歳になっても両親と暮らし、自分は働きもしていない人は大人ではない・・・」

自立して大人としての自由を手に入れるのか、自立せず親や社会に保護されて不自由であることに安住するのか、という対比で仕事をすることの大切さを説いている。加えて、仕事をどうやって見つけるのか、目標とは何かといった問いに対してヒントを示している。

それは、現実に向いている仕事をしている大人はけして多くないし、ましてや好きな仕事をしている人は少ないと言い、村上自身も小説を書くことは好きではないが、向いていると思っている。理由は小説を書いていて絶対に飽きないし、書いた後の充実感・達成感を実感しているからという。そして、13歳の読者に向けての村上のエールは、「時間も可能性もあるのだから、自分に向いている仕事があるはずだと心のどこかで強く思うようにしてほしい。・・・子供にとって好きなことと、大人にとって向いている仕事とは『探す』ものではなく『出会う』こと」というのが村上の結論である。

このように村上は読者の少年少女に対してあくまで迎合することなく前向きに語りかけている。評者は企業で社員を管理・育成する側に身を置いているのだが、このところ入社してもすぐに会社を辞めてしまう新入社員が多く困っている状態である。そんな思いを持っている時に、本書の気になる指摘を見つけた。

「・・・最近の若者は我慢強くないというのは、会社に入れば一生安心して働くことが出来た世代の誤解である。・・・普通、社会は若者にその矛盾や不公正を押し付けます。戦争中は兵士として戦地に送られたり、特攻隊に使われたり、いまは仕事を得る為に高度な能力が要求されたりする。・・・君たちはだまされないように、好奇心を潰されないように。・・・」

この文章を読んで、社員の人たちの顔が浮かんできた。本を閉じて、またひとつ原点に戻ろうと思った。(正)

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