書籍名 | チェチェン やめられない戦争 |
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著者名 | アンナ・ポリトコフスカヤ |
出版社 | NHK出版(408p) |
発刊日 | 2004.8.25 |
希望小売価格 | 2400円+税 |
書評日等 | - |
10万人のロシア連邦軍が侵攻・駐留しているチェチェン共和国の町や村では、武装勢力を捜索する「掃討作戦」と称して連邦軍兵士がいつ家のなかに侵入してくるか分からない。兵士たちが家に入ってきたら、金目のものは略奪される。若い女がいると「レイプしない」代償に300~500ルーブル(1ルーブル=約4円)が要求される。男は逮捕しない代償に500~4000ルーブル要求される(若い男ほど高い)。
武装勢力の疑いをかけられ逮捕された男たちは、「鳥小屋」と呼ばれる選別収容所に入れられる。ここへ入れられると、最良の場合で拷問、最悪の場合には死が待っている。家族には、解放の代償として14,000ルーブル前後が要求される。でも極貧のチェチェンで、そんな大金を揃えられる家は限られている。
「もし、将校の指定した期限に金が間に合わなければ、逮捕された者たちは行方不明になってしまう。さもなければ、仲介者は「そうなったら、死体買い取りの話になる」と言い放つ。死体は生きている人間より高い。チェチェン人にとって息子や父親、兄弟をしきたりどおりに葬れないほど辛いことはない、ということをよく知っている軍人たちがそう決めた」
ロシア連邦軍によるこうした破壊、略奪、放火、逮捕、殺害が、チェチェンでは「いつものとおり」の日常なのだ。
「チェチェン やめられない戦争」は、モスクワの新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙のジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤが、1999年以後つづいている第2次チェチェン戦争の現場、首都グローズヌイや共和国内の村々に長期滞在して記録したルポルタージュだ。
チェチェンには、外国人のジャーナリストがほとんど入れない。ロシア政府の規制が厳しいのと、ジャーナリストの誘拐、殺人がひんぱんに起こっているからだ。外国人ばかりでなく、チェチェンにはロシア人のジャーナリストも少ない。ロシアのメディアは、政府にがっちりコントロールされてしまっている。だからこれは、チェチェン市民の実状と声を伝える数少ない貴重なドキュメントだ。
現在、チェチェンで対立しているのは、クレムリンが宣伝するように「連邦軍対武装勢力」ではなく、「連邦軍対一般市民」なのだと、彼女は言う。何派にも分裂している武装勢力は山岳地帯に隠れてしまっている。だから連邦軍が相手にしているのは一般市民で、そこでは信じられないような略奪と殺人が横行している。
略奪と殺人に荷担しているのは連邦軍ばかりではない。武装勢力のワッハーブ派も「ジハード」資金調達のために村々を襲撃している。また連邦軍には「チェチェン人の強盗」が協力して(そのなかには刑事犯もいれば、ロシア寄りの共和国政府の役人や警察官もいる)、両者が「堅固な組織犯罪集団」を形成している。
彼らにとって、今の状況を長引かせることこそが稼ぎを保証してくれるのだ。
モスクワの将軍や、彼らと組んだ新興財閥、共和国政府の役人は、戦争のための国家予算を「個人運用」(つまり横領)する。町村の役人と組んだ中級の将校は、人質や遺体の売買で身代金をかせぐ。下っ端の将校は、いつでも発動できる「掃討作戦」で略奪する。検問所の兵士は、市民から10~20ルーブルの通行料をせしめる。
市民には密告が横行し、「軍人も一般市民も戦争によってこれ以上は不可能なほどまで堕落させられている」。「残酷な分断があり、いたるところに密告がある。その唯一の目的は、ほかの誰がどうなろうと自分が生き延びることだ。これが顕著になる時、その民族は自らを葬ることになる」。その具体例を、ポリトコフスカヤはいくつも挙げている。それは読んでいて胸苦しくなるほどだ。
その「堕落」は、チェチェンばかりでなくロシア全体を蝕みはじめている。彼女は、モスクワで勉強しているチェチェン人学生が寮で武装グループに襲われた事件をレポートしている。学生たちは拉致され拷問されたが(親が500ルーブルの身代金を払って解放された)、それはチェチェンから帰ったばかりのモスクワの「地域組織犯罪取締局」に属する警察官による犯行だった。
「「チェチェン」という名をつけた特別事業によって国全体が堕落させられてしまい、ますます感覚を鈍磨させつつ社会は残虐なものになってきている。ロシアでは人間の命の値段がそれでなくても極度に低かったのに、今ではそのまた何万分の一にも落ちてしまった。まさにだからこそ戦争の停止が私たちすべてにとって命と同じほど大切なのだ」
この本では、連邦軍の無法にさらされているたくさんのチェチェン人が紹介されている。同時に、著者が連邦軍と行動を共にするなかで出会った、心あるロシア軍人の印象的な姿も記されている。でも愕然とするのは、彼女が、チェチェン人もロシア人も含めこの本に登場した人たちの多くが既に死んでしまった、と書きつけていることだ。
ポリトコフスカヤ自身、チェチェンで市民と一緒にロシア軍機に機銃掃射されたり、逮捕監禁された経験を持っている。先日、隣国の北オセチアで起こった小学校占拠事件では、現場に駆けつけようとしたポリトコフスカヤが毒殺されかかるという事件もあった(ブログ「PUBLICITY(自由な言論はどこにある?)」による)。
チェチェンがロシア帝国に組み入れられたのは18世紀。それ以来、チェチェン民族への抑圧と、それに対する反乱・抵抗は途切れることなくつづいている。革命後も、スターリン時代に大弾圧があり、中央アジアへ強制移住させられたこともあった。
ソ連崩壊の後、チェチェンは独立を宣言したがロシアはこれを認めず、1994年に第1次チェチェン戦争が始まった。チェチェン民族の人口は100万人程度だが、この戦争で20万人近くが犠牲になったと言われる。そして1999年に、現在までつづく第2次チェチェン戦争が起こった。
チェチェンについて、僕たちがあまりにも知らなさすぎるのは、先に触れたように情報自体がコントロールされていることもある。アメリカは「反テロ」「反イスラム過激派」という一点でプーチンの強硬姿勢を支持している。国連も、ロシアが安保理の拒否権をもっている上に、アナン事務総長が自らの再選のためにロシアの支持を期待しているので頼りにならない、と彼女は言う。
僕たちにせめてできることは、プーチンやブッシュの(あるいは小泉の)「テロ対反テロ」という実態をおおいかくす図式に惑わされず、そこで何が起こっているかを正確に知ることではないだろうか。その点では、マスコミよりチェチェン総合情報や国境なき医師団HPなどネットのほうが役に立つ。
チェチェンで日々なにが起こっているかを少しでも知れば、北オセチアの小学校占拠事件なども、また別の見え方がしてくるかもしれない。他人、ましてや子供を巻き添えにするやり方は絶対に許せないにしても、その背後には現在から過去数世紀にわたってチェチェン民族が流した血の歴史が横たわっている。
この小学校占拠事件には、武装勢力のひとつバサーエフ派が関与を認める声明を出したという。バサーエフは中東のイスラム過激派との関係も噂される「アラブ派」の野戦司令官。一方、やはり武装勢力のひとつで、学校を占拠したグループに子供を解放するよう声明を出した元共和国大統領マスハードフは、プーチン政権との和平交渉を拒否していない(以上は前記「チェチェン総合情報」の「チェチェンニュース」による)。
独立を志向する武装勢力内にも、「アラブ派」と「西洋派」、テロを主張するグループと和平交渉を提唱するグループなど、さまざまな路線と対立があり、その実状は外側からうかがい知れない。
ポリトコフスカヤも言うように、「ロシア対武装勢力」「テロ対反テロ」という2項対立の図式ではなにも分からないし、解決の糸口にもならない。ただひとつ確かなのは、チェチェンの町や村では、今日も「掃討作戦」が行われていることだけだ。
この本を書き終えた2002年12月、彼女は「あとがき」に、こう記している。「私たちは2003年を生き抜けるのだろうか? 私には肯定的な答えはない」。2004年、事態はいよいよ悪化しているように思われる。(雄)
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