閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済【水野和夫】

閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済


書籍名 閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済
著者名 水野和夫
出版社 集英社新書(272p)
発刊日 2017.05.22
希望小売価格 842円
書評日 2017.12.17
閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済

6年前、水野和夫の『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(日本経済新聞出版社)を読んだ。ゼロ金利、ゼロ成長と格差拡大がつづく日本経済の閉塞を、中世から近代への転換期だった16世紀イタリアと比較しながら資本主義の行き詰まりと捉える壮大な見取り図に興奮した(ブック・ナビにも感想を書いた)。この本の末尾で水野は、来るべき世界の見取図を「脱成長の時代」「定常システム」という言葉でラフスケッチしていた。言葉だけで中身がほとんど説明されていないのは、それが著者のなかで着想の段階であり、考えが十分に熟していなかったからだろう。本書を読んだのは、その着想がどう深化しているかを知りたかったから。

そこへいく前に、まず著者が現在の世界をどう考えているかを見てみよう。

英国のEU離脱やトランプ大統領の誕生を水野は、世界中で貧富の格差を拡大するグローバリゼーションへの抵抗、「国民国家へのゆり戻し」と考える。近代の国民国家は、豊かな生活や市民社会の安定といった市民の欲望に答えるために生産力の増大を必要とした。生産力を増大=成長するためには、世界には常にフロンティアがなければならない。フロンティアから富を中央(英国、米国といった覇権国)に集中させる(別の言葉でいえば収奪する)ことによって、資本は自己を増殖させてゆく。

近代の資本主義はそのように発展してきたが、20世紀後半になって物理的なフロンティアはアフリカを最後になくなりつつある。新しいフロンティアを見いだせなくなった世界で、日本を含む先進国は軒並みゼロ金利(=投資先がない)に陥っている。これは富を収奪することで資本が自己増殖を繰り返す資本主義の原理が働かなくなったことを意味する。資本が売上げを追求すればするほど資本利益率が低くなる、逆に言えば成長を求めるほど結果として収縮を生む「逆説」が生ずる。13世紀に産声をあげた資本主義がいま終焉の第一幕を開けたのではないか、というのが本書の、というより水野のすべての著作を通底する問いだ。
 
世界が収縮をはじめて中産階級が没落し、国民国家のほころびがそこここで噴出している現在の世界は「閉じてゆく帝国」に向かっている。「帝国」といっても「ローマ帝国」や「帝国主義」といった、武力をもって他国を強権的に支配する「帝国」とは異なるニュアンス。近いのは「オスマン帝国」の「帝国」だろうか。地域で自給自足できる経済圏をもち、従う国家群をゆるやかに支配する。「食料、エネルギー、工業製品(生産能力)がその地域で揃う『地域帝国』サイズの単位が、21世紀の経済単位としては最大となる可能性が高いのです」

資本主義の危機を突破しようと、米国は土地に立脚せず電子金融空間という新しいフロンティアをつくり、近代の延長線上の帝国として延命を図っている。日本はそこに従属する。ヨーロッパはドイツを中心にEUという地域帝国をつくろうとしている。EUには国境線の弱化や統一通貨の導入といった「ポスト近代的な帝国」への試みがある。中国は「一帯一路」といった形で帝国化している。中東は「オスマン帝国に逆戻りする途中」かもしれない。ロシアもまた帝国化している。ひとことで言えば、世界は新しい中世に向かっている。

近代の主権国家が機能不全を起こしている以上、そのひとつ前のシステムである中世の長所・短所を考えながら近代を超えるシステムを構想することが必要だ、と水野は言う。6世紀から16世紀の1000年間、世界のGDPは1.35倍にしか増えなかった。

もっとも、東アジア、東南アジア、オセアニアといった地域の現在と考えるとき、日本が「閉じた帝国」を形成できる条件はない。とすると今この国ができるのは、「『選択肢が生まれるときに備える』『選択肢ができるように環境を整える』ということだけです」。水野はそれ以上を言わないけれど、まずは同じ敗戦国のドイツが数十年かけてEUを構想したように、米国との距離、中国との距離をどう取って21世紀を生きていくのかを戦略的に構想することだろう。

「閉じた帝国」の「定常経済圏」を考える場合、ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロ・インフレの日本は「資本主義の成熟した姿」で、実は来るべき定常状態へ移行するのに有利な条件が揃っている。そこでいちばんしてはいけないのは、成長によってこれらを克服しようとすることだ。「閉じた」空間で成長(インフレ)は結果的に反成長(デフレ)を生む。近代システムの合言葉が「より遠く、より速く、より合理的に」だとすれば、「定常経済圏」の合言葉は「より近く、よりゆっくり、より寛容に」になる。

その上で水野は、「自覚的に定常状態を目指す」ために、現実的な選択としていくつかの具体的な提言をしている(水野の前著『資本主義の終焉と歴史の危機』も参照)。

・基礎的財政収支(プライマリーバランス)を均衡させる。国が巨額の債務を抱えていると、ゼロ成長では税負担だけが高まる。現在は国内の資金で国債を消化できているが、外国人に買ってもらわななければならなくなると金利が上昇し、財政は破綻する。
・増税はやむをえない。消費税は最終的に20%程度にならざるをえないが、逆累進性の高い消費税以上に法人税や金融資産課税を増税し、持てる者に負担してもらう。
・人口減少を9000万人あたりで横ばいにする。
・太陽光などもっと安くなりうるエネルギーを国内で生産し、原油価格の影響を受けない経済構造にしてゆく。
・ゼロ金利=資本を過剰に保有する国で、企業は自己資本利益率2%程度の「ほどほどの利益」で十分やっていける。
・格差拡大への処方箋として労働規制の緩和ではなく強化をし、ワークシェアリングの方向に舵を切る。

こうした水野の問いが、歴史の行方を正確にとらえているかどうかは誰にも分からない。中世が終り近代が始まろうとしていた時代に、同時進行している歴史の行く末が誰にも見えなかったのと同じだろう。事後的にしか検証できない。でもこの壮大な仮説はすこぶる魅力的ではないだろうか。

「近代からポスト近代への移行は100年単位の時間を必要とし」、さまざまな変化の兆候が世界のいろんな場所で、いろんな時に起こる。揺り戻しも起こる。その兆候に敏感になること。いま僕たちにできるのは、なにかを選ばなければならない場面では「より遠く、より速く、より合理的に」でなく、「より近く(ローカルに)、よりゆっくり、より寛容に」を選びつづけること。そうした選択が、世界史が100年単位で変化する波頭の最先端につながっている、僕たちは世界史の大きな転換の現場にいるんだと、この本は説いている。(山崎幸雄)

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