超一極集中社会アメリカの暴走【小林由美】

超一極集中社会アメリカの暴走


書籍名 超一極集中社会アメリカの暴走
著者名 小林由美
出版社 新潮社(240p)
発刊日 2017.03.25
希望小売価格 1,620円
書評日 2017.05.17
超一極集中社会アメリカの暴走

タイトルだけ見ると、この本は反米的な思想をもつ論者の批判的な著作と見えるかもしれない。いや、批判的であることは間違いないが、著者はアメリカにおけるIT産業の最前線、シリコンバレーで長年アナリストとして働いている女性である。

前著『超・格差社会アメリカの真実』もそうだったけれど、豊富なデータに基づいた鋭い分析、現象の背後にある社会構造や歴史への目配り、そして在米36年の実体験に裏づけられて、アメリカでいま起きていることの分析者として僕はいちばん信頼している。

トランプ大統領が誕生して100日がすぎた。大方の予想を裏切ってなぜトランプが勝ったのかについて、さまざまな論者が解説している。そのなかで、予備選からトランプに注目し支持者の声に耳を傾けた金成隆一の『ルポ トランプ王国』(岩波新書)が面白そうだが、その基になっている朝日新聞デジタルの連載を既に読んでいたので、もう少し広い視野からトランプを生んだアメリカ社会の変化を考えたものはないかと探して、この本を見つけた。

前著と同様、さまざまな図や表が興味を引く。本書では26枚の図と13枚の表でアメリカ社会が分析されている。まず目につくのは「所得階層別・実質平均所得額」の図。1917年から2014年までの約100年間、上位0.01%から5%までアッパークラスを4つの層に分け、さらに全世帯平均をつけくわえて年平均所得額を折れ線グラフにしたものだ。

全世帯平均の線と上位5%の線はほぼ平行している。100年の間、どちらも少しずつではあるが上昇している(2014年で全世帯平均所得は6万ドル、上位5%は26万ドル)。上位1%の線も1990年までは全世帯平均の線とほぼ平行し、その後は平均を上回って上昇している(同・45万ドル)。ところが上位0.1%の所得は1980年代以降、目立って上昇し、1980年以前に比べてこの層の所得が飛びぬけて増えているのが見てとれる(同・609万ドル)。さらに驚くのは上位0.01%の層。やはり1980年を境に上位0.1%の線もはるかに超えて上昇し(同・2900万ドル)、1980年代以降増加した富の大部分がほんの一握りの層(1万7000世帯)に集中しているのが一目瞭然だ。

数年前、ウォール街占拠運動では貧富の格差拡大に抗議して「1%対99%」というスローガンが掲げられた。今となってはこのスローガンも生ぬるい。「0.1%対99.9%」あるいは「0.01%対99.99%」というのが正確なところ。富の一極集中と格差がそれほどまで極端になっているのが今のアメリカ社会なのだ。

トランプ現象の背景として、「ラストベルト」に象徴される製造業の衰退が言われる。でも「アメリカGDPの産業別構成」の図を見ると、製造業は2009年以降、復活とは言えないまでも下げ止まっている。さらに詳しく「製造業GDPの製品別構成」の図を見ると、伸びているのは「ラストベルト」の鉄鋼製品や自動車ではなく、情報通信技術関連商品と石油製品であることがわかる。これはIT関連製品が増えたこと、シェールガスが開発されたことによる。

富の極端な集中をもたらす最大のエンジンは「シリコンバレーとウォール街」である。シリコンバレーではAI、IoT、ビッグデータといった技術にナノ素材やバイオ技術が加わって技術開発が加速し、「産業革命に勝るとも劣らない地殻変動」が起りつつある。IT産業は鉄鋼など重厚長大産業にくらべ設備資金がかからないから、企業には余剰資金が蓄積される。しかも情報を保存するコストが技術開発により限りなくゼロに近づいているので、無限のデータをすべて記録することができる。「全ての人を常時監視し、その行動を極めて低コストで記録し、分析する体制」ができあがった。そのようにして積み上げられたビックデータが膨大な利益を生む生産財になっている。その筆頭がグーグルとフェイスブックだ。

フェイスブックが持つ情報資産は2015年には180億ドルの収入を生み、62億ドルの営業利益、37億ドルの純利益を生んだ。フェイスブックの従業員は12,700人だから、1人当たりの売り上げは140万ドル、営業利益は49万ドル。「モノを扱っている産業では不可能」な数字になっている。

ビッグデータの多くは、企業が提供する無料サービスから得られる。「Gメールやクラウドでの保存スペース、フェイスブックやLINE等々、何かを無料で提供すれば、消費者は家族や友人にも言わないような内緒の情報でも、どんどん提供」してくれる。データ販売企業であるエプシロンは「世界総人口の10%以上についてファイルを持ち、アメリカの典型的な消費者については、1人について7万5000にのぼるデータ源がある」という。

グーグルやフェイスブックなど独占的なネットワークに基づくビジネス・モデルは「プラットフォーム・エコノミー」と呼ばれる。ウェブ・サービスが成功するかどうかは、それが独占的なプラットフォームになれるかどうかにかかっているからだ。プラットフォームとは本来、道路、鉄道、上下水道、送電網、電話線網など社会の基盤となるインフラのことを指している。インターネット通信網もそうした社会インフラであることに疑問の余地はない。それなのに、公共財であるプラットフォームについて「私企業の独占を許しているからこそ、それらの独占企業は莫大な利益と現金を積み上げられる」わけだ。

ウォール街やトランプについても著者は自分の考えを述べているけれど、ひとまず措こう。ただ、アメリカに限らず富の一極集中と格差の拡大が、トランプ大統領の誕生や英国のEU離脱、EU内でのナショナリズムと排外主義の台頭といった変動を生みだす原因になっていることは確かだろう。発展途上国やイスラム圏においても、格差拡大を生むグローバルな資本主義にさらされたことが多くの国で内戦の原因となり、多くの移民難民を生みだしている。著者は、富の極端な集中を是正することを怠った上に生まれたトランプ政権は社会崩壊の引き金を引くかもしれない、と述べている。

グローバルな資本主義とITの進化がなにを生みだすのか。アメリカは良くも悪くもその先端を走っている。戦後日本は「最も成功した社会主義」と言われるように、貧富の格差が比較的少ない社会を築いてきた。バブル崩壊後の二十数年で格差の拡大が露わになってきたけれど、アメリカの現状に比べればまだましであることは間違いない。一方で技術の進化にどう向き合い、他方で技術の進化が加速させた富の集中をどう制御するか。ピケティは、これらは法制と税制である程度コントロールできると書いていたと記憶する(彼はまた、中国の貧富の格差はヨーロッパや日本を超えてアメリカの水準に近づいているとも書いていた)。人口減の成熟社会へどう軟着陸するか。少なくとも本書が描くアメリカはモデルではない。

こうしたアメリカ社会の冷静な分析とは別に、いかにもシリコンバレーで働いている著者らしいと思ったのは、21世紀の情報革命を生きぬくのに(特に子供に)必要なものはなにかと論じているところ。あらゆる科学はいまや数学の世界と重なっているので、「数学、とくにアルゴリズムをスキルとして持つこと。そしてコンピューターや通信の仕組みを理解して、さらに何らかのプログラミング言語を習得し、自分でコンピューター・プログラムを書けること」。うーむ。われわれ世代には到底無理。せめて孫に「算数は大事だよ」とでも伝えるしかないか。(山崎幸雄)

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