テクノ封建制【ヤニス・バルファキス】

テクノ封建制


書籍名 テクノ封建制
著者名 ヤニス・バルファキス
出版社 集英社(320p)
発刊日 2025.02.28
希望小売価格 1,980円
書評日 2025.06.19
テクノ封建制

ロシアは侵攻したウクライナとの戦争を止める気はなさそうだし、イスラエルのガザ攻撃はパレスチナ人を根こそぎ追い出す民族浄化の様相を呈してきた。トランプ大統領は、主敵と考える中国だけでなく同盟国や発展途上国も含む全世界に関税戦争をしかけている。少数の超富裕層が肥え太る一方で、食料にも事欠く貧困層は増えている。まるで19世紀の帝国主義と剥きだしの資本主義に戻ったような21世紀はどんな時代なんだろう、と思っていたら、考えるヒントをくれそうな一冊に出会った。

『テクノ封建制』の著者、ヤニス・バルファキスはギリシャの経済学者、政治家。2015年のギリシャ経済危機の際には急進左派政権の財務大臣に就任した。世界経済を専門用語を使わず分かりやすく解説した『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話』(ダイヤモンド社)など何冊かの邦訳も出ている。この本も、巨大テック企業が世界を支配する現在の経済構造が何をもたらしたかを、製鉄工場の技術者だった父親に解説するかたちで分析している。

冒頭、「資本主義はすでに死んでいる」という文章が出てくる。著者自身、これを「仮説」と言っているのだが、それがどういうことなのか。彼の言うところを追ってみよう。

GAFAM(Google,Apple,Facebook,Amazon,Microsoft)に代表される巨大テック企業を著者は「クラウド資本」と呼ぶ。車や電気製品などモノを生産する旧来の資本に対し、「クラウド資本」の登場は資本主義の二つの柱を消滅させた。それは市場と利潤である。もちろん市場も利潤も今でも存在するが、主役ではなくなった。市場は「デジタル取引プラットフォーム」に取って代わられた。利潤は「プラットフォームやクラウドにアクセスする場所代」に取って代わられた。プラットフォームは、かつての封建制の封建領地のようなものであり、場所代はレント(地代、使用料)のようなもので、著者はこれを「クラウド・レント」と呼んでいる。その結果、本当に力を持っているのは機械や建物や鉄道など旧来の資本の所有者ではなくなった。彼らは、クラウド資本所有者という新たな封建領主階級の家臣になった。それ以外の者(つまり、われわれ)は農奴になった。今はクラウド資本が世界を牛耳る「テクノ封建制」の時代なのだ。著者の主張を簡単にまとめるとこうなる。

もう少し詳しく追ってみよう。

初期のインターネットは資本主義とは無縁の、「序列のない平等な意思決定と、市場取引ではない互恵関係に基づくネットワーク」だった。でも「新たな囲い込み」によって企業の「私有地」となった結果、クラウド資本が誕生していった。クラウド資本が急激に巨大化した要因として、初期の技術者たちが開発した、日々蓄積されるデータを分析・分類するアルゴリズムがある。誰もが、アルゴリズムによってアマゾンが勧めてくる商品を買ったり、フェイスブックやXが表示する情報に「いいね」を押した経験はあるだろう。アルゴリズムは、「私たちの行動を予測し、嗜好を操り、判断に影響を与え、気持ちを変えることによって」私たちの欲望をつくり出す。

「クラウド資本に蓄積された最も価値のある部分は……フェイスブックに投稿されたストーリーであり、TikTokやユーチューブにアップロードされた動画であり、インスタグラムの写真であり、ツイッターのジョークや悪口であり、アマゾンのレビューであり、私たちの位置情報だ。私たちは、自分の物語、動画、画像、冗談、そして行動を差し出すことで、どんな市場も経由せずにクラウド資本の蓄積を生み出し、再生産している」

そんなふうに無償で、むしろ喜んで、クラウド資本にデータを差し出し、クラウド資本の再生産に協力しているわれわれを、著者は「クラウド農奴」と呼んでいる。「クラウド資本が人類にもたらした真の革命とは、何十億もの人々を、無償で労働をするクラウド農奴へと変貌させたことだ」(これに対して、例えばアマゾン倉庫で働く非正規労働者やウーバー配達員のことを著者は「クラウド・プロレタリアート」と呼ぶ)。

利潤ではなくレント、についてはiPhoneやグーグルの例が挙げられている。

iPhoneで使うアプリケーションを開発するために、アップルは社外の「サードパーティ開発者」にアップルのソフトウェアを無料で使わせ、開発したアプリをアップルストアで販売するシステムをつくった。それによって、アップルのエンジニアだけではつくれない多種多様なアプリが開発され、販売されることになった。アプリを開発した企業は、総売上げの30%のレントをアップルに支払わなければならない。こうして「アップルストアという世界最初のクラウド封土の肥沃な土壌で封臣資本家階級が育っていった」。

一方、グーグルは別の戦略を取った。検索エンジン、Gメール、ユーチューブ、グーグルドライブ、グーグルマップなどを持つグーグルは、オペレーティング・システムとしてアンドロイドを開発し、どのメーカーのスマホもこれを無料で搭載できるようにした。そのようにして大きな封土を確保した上で、サードパーティ開発者がアンドロイド上で動くアプリを開発するようしむけた。「ソニーやブラックベリーやノキアは、たとえ嫌々ながらだったとしても、携帯電話メーカーとして封臣資本家の役割を引き受けざるをえず、ハードウェアの販売によるわずかな利益で生き延びた。一方で、サードパーティ開発者が開発したアプリをグーグルプレイで販売することで、グーグルは大勢の封臣事業者や封臣資本家が生み出す莫大なクラウド・レントをがっぽりと懐に入れていた」。

これを著者は、短くこう断言している。「レントが利潤を陵駕した」。

「社会経済システムが利潤ではなくレントで動かされる時代になったという基本的事実に基づいて、新しい名前でそれを呼ぶことが求められている。これをハイパー資本主義とか、レント資本主義として考えるならば、本質的で定義的な原則を見逃すことになる。そして、レントが主役として戻ってきた現実を表すには、『テクノ封建制』という言葉以上にふさわしいものはない」

2020年ごろには、先進国の純所得の多くは、こうしたクラウド・レントが占めるようになったという。利潤を得た企業は、かなりの部分を働く者の賃金や設備投資に回してお金が回っていくが、レントの多くは財産に留まる。先日、マイクロソフトのビル・ゲイツが2000億ドル(約27兆円)の財産を社会貢献に寄付すると発表した。でも、その行為やこれまでの慈善活動に拍手するというより、一個人が中規模国家の国家予算に匹敵する財産を数十年で築きあげられる、ビル・ゲイツがいかに先見の明ある起業家だったとはいえ、そんな世界のほうがおかしいのではないか。レントは流通せず、投資にも回らず、弱った経済の立て直しに使われることもないから、「不況はますます深刻になり、中央銀行はさらに貨幣を発行し、収奪が増えて投資は減り、新たな悪循環を呼ぶ」とバルファキスは予想している。

これまで議論はGAFAMと西側諸国を軸に進められてきたが、著者はGAFAMに対抗するものとして中国の巨大テック企業を挙げている。百度、アリババ、テンセント、平安、京東商城だ。これら中国のクラウド資本とGAFAMのいちばんの違いは、政府機関と直接結びついていること。「都市生活を規制し、銀行口座を持たない市民に金融サービスをすすめ、人々を国立の医療機関につなげ、顔認証を使って国民を監視し、自動運転車を走らせ、国外でも『一帯一路』構想に参加するアフリカ人やアジア人を中国の巨大クラウド封土に接続する」。その結果、世界は敵対する二大クラウド封土に分断されている。今はどちらが覇権をにぎるかの「壮大な戦い」が続いているのだ、というのがバルファキスの見立て。

「テクノ封建制」という命名は、著者も「仮説」と言うように実際に封建制の時代に逆戻りしたということでなく、そのような問題意識を持つことで進行している物ごとのキモがくっきりする、ということだろう。実際、世界が今どうなっているのかを考える上で、知らなかったことも多々あり、なんとも刺激を与えてくれる一冊だった。「デジタル化を進めるほどに、日本の富はアメリカに流出する」と、日本の現状を踏まえた斎藤幸平の解説も読みごたえがある。関美和訳。(山崎幸雄)

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