チャイナ・ジャッジ【遠藤 誉】

チャイナ・ジャッジ


書籍名 チャイナ・ジャッジ
著者名 遠藤 誉
出版社 朝日新聞出版(370p)
発刊日 2012.09.30
希望小売価格 1,785円
書評日 2012.12.13
チャイナ・ジャッジ

尖閣問題や習近平体制への移行など、中国にからむニュースが多くなっている。それらについて雑誌を読んだりテレビを見たりしながら、中国の今にいちばん詳しく、しかも深い情報を持っているのは誰だろうと考えてみた。なかで、この人はどうかと思ったのがこの本の著者・遠藤誉。自らの中国体験を記した『卡子』が山崎豊子『大地の子』に盗用されたと訴えた人として知ってはいたが、著書を読んだことはなかった。

テレビで見るとなかなか強面の女性で、反日デモをめぐる中国の政治的思惑を論じた番組でも、同席していた日本人中国研究者への反論など容赦ない。テレビの短い発言の印象ではタカ派の論調に近いようにも見える。でも、他の研究者からは出てこないような情報を断定的に口にしていた。興味を持って、失脚した薄熙来(はく・きらい)とその妻・谷開来(こく・かいらい)の英国人殺人事件を扱った『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』を手にしてみた。

長春生まれの遠藤誉の一家は日中戦争が終わった後も残留を余儀なくされ、過酷な体験を経て1953年、12歳で日本へ帰国している。物理学者として日本国内で教鞭を取るかたわら、中国社会科学院の教授や国務院西部開発弁公室顧問として招かれ、中国でも研究や仕事を経験して多くの人的ネットワークを持っている。彼の地で生まれ育って初等教育を受け、成人してからも長期滞在しているから、中国と中国人を肌身で分かっているのだろう。

さて本書の主役は、中国共産党中央政治局員で次期常務委員候補と噂され、「チャイナ・ナイン(習体制でセブンになった)」入りして権力中枢に駆け上がる寸前に失脚した重慶市書記(市のトップ)の薄熙来。毛沢東と共に中国革命をなしとげた「元老」の一人で、元副首相を務めた薄一波の息子である。

今年2月、薄熙来の部下で重慶市公安局長の王立軍が成都のアメリカ領事館に逃げ込み、薄はその責任を取らされ重慶市書記を解任された。ところが事件はそれに留まらず、薄の妻で弁護士の谷開来が英国のビジネスマンを殺したとして殺人罪で起訴された。共産党大幹部夫妻のスキャンダルは日本でも大きく報道されたけれど、結局のところ、どういうことなのかよく分からないままだった。

遠藤は薄熙来の生い立ちと出世の道筋を追いながら、この事件がどのようにして起こり、その真相は何だったかを推理してゆく。この事件は日本で報道されたような「太子党」(習近平ら)対「共青団系」(胡錦濤ら)の派閥抗争ではない、というのが遠藤の見立てだ。そのことを明らかにしてゆく本筋も興味をそそられるけれど、薄が出世しながら私財を蓄えてゆく姿から見えてくる、改革開放以後の「腐敗の構造」がすごい。

「太子党」の薄熙来は、父親の後ろ盾で1993年に大連市長になった。中国ではその8年前、土地は国有のまま、その使用権を売買してよいという法律が成立していた。薄は大連を「北の香港」にするとのスローガンを掲げて外国資本を呼び込みはじめる。妻の谷開来は、弁護士事務所を開いて投資コンサルタントをやっていた。

呼び込んだ外資を薄は谷の事務所へ紹介する。まずここで、たんまりコンサルタント料をいただく。使用権売買の許可を出すのは薄だから、問題は起こらない。次に、外資が市や国に収める莫大な「土地使用料」から、またたっぷり「利潤」と「賄賂」をいただく。薄と谷のもとには、「一件成立するごとにダブルインカムで怒涛のように金が舞い込んでくるようになった」。もめごとが起きても、薄は司法と検察を押さえているから大丈夫だ。さらに、多くの企業が谷を「顧問弁護士」として雇った。なにしろ夫は大連市長だから顔がきく。これは「正当なルートで『薄熙来への賄賂』を払うシステム」だった。「こうして、谷開来の周りに『薄家経済圏』ができあがっていく」

こうして不正に貯めこんだ金は、中国国内に置いておくわけにいかない。出所が分からないよう「洗銭(マネーロンダリング)」して、外国に貯蓄しておくのが安全だ。そのために、まずは子供を外国に留学させて「拠点」をつくる。母親は、子供の世話をするために中国と外国の「拠点」を行ったり来たりするようになる。「そのうち、母親も『拠点』における生活に慣れ、いずれ『高飛び』するときの準備をしておく」

この「腐敗の構造」は薄熙来だけのものでなく、国中に蔓延している。「裸官」という言葉があるそうだ。「真っ裸」で「官場(官界)」にいるから「裸官」。「真っ裸」とは、高官や党幹部をしている夫だけが中国にいて、「中国大陸に子供なし、妻なし、貯蓄なし」の状態をいう。

薄と谷の息子はイギリスのオックスフォード大学に留学していた。イギリスで暮らす息子の後見人は、谷に殺された英国人ビジネスマンを介して紹介されたパウウェル卿。殺された男は、息子の「留学」だけでなく、薄と谷の不正蓄財の「銭洗」に関係していたのではないか、と著者は推測する。

さらに、パウウェル卿は英国の諜報に携わる会社に関係していた。パウウェル卿は、薄熙来がいずれ中国のトップになると睨み、そのときのために息子の後見役を引き受けたのではないか。薄と谷には英国の諜報網の影がちらついている。

こうした事実が胡錦濤らトップに察知され、常務委員会は「太子党」も「共青団系」も関係なく薄熙来を危険人物として中枢から排除したのではないか、と著者は言う。薄の罷免を決めた常務委員会では、胡錦濤や習近平を含め「チャイナ・ナイン」が全員一致でこの決定を下した。なぜなら、このような男が権力を握れば、中国共産党一党支配の体制はあっという間に崩壊するだろうから。それを避けることは「太子党」にとっても「共青団系」にとっても共通の利益だった。遠藤はそのような「仮説」を立てている。

ちょっと残念だったのは、ノンフィクションのスタイルについてだ。たとえばこんな描写。

「それを聞くなり、薄熙来は大声で怒鳴り、王立軍に激しいビンタを喰らわした。
身に危険を感じた。
つぎは自分がやられる。
動いたのは薄熙来の方が早かった」

まるでその場に居合わせたような描写が随所に出てくる。どこからか得た情報に拠っているのだろうが、それがどこの誰かは明らかにされない。無論、著者の中国ネットワークから得た情報であれば、出所を明らかにできないのは分かる。でも、匿名にせよ情報源について出来る限りの表現で記すことはノンフィクションの信頼度を高めることになるし、描写についても、もっと抑制的な筆のほうが逆にリアリティが出てくるのではないか。

だから、読み終わって、物語としては実に面白いけれど、どこまで本当なのかなという疑問は残った。(雄)

プライバシー ポリシー

四柱推命など占術師団体の聖至会

Google
Web ブック・ナビ内 を検索