定年後【岩波書店編集部】

定年後

ロング・ベストセラー か さすが岩波のテンコ造り


書籍名 定年後
著者名 岩波書店編集部
出版社 岩波書店(計494p)
発刊日 1999.1.21
希望小売価格 1,800円(税別)
書評日等 -
定年後

超ベストセラーではないが、99年初頭より、平積みが続いている。岩波にしてはむしろベストセラーは珍しいといっては失礼か。

老後もの、定年モノのコーナーがいつのまにか店頭にできあがっているが、それとリストラもの、転職ものが合体すると、手にするのもいささか周りを見回す感じ、この類はひっそりと実用書コーナーにこそ・・・。

そうした意味で現今の定年モノをメジャー化させた功績こそ、この書にふさわしいのかもしれない。

岩波のこの定年モノの定番ともいっていい本の構成は3部制である。1、2部は縦書、「1. 定年後への視点」では、各界著名人の定年後へのヒント・提言・論考集で書全体の約半分、「2. 私の定年後〈公募手記〉」は、1998年3~5月に新聞広告等で一般に募った620編から岩波編集部が選考した珠玉の26編の所載でいわば定年後の実例集となっている。

ユニークな作りに感じさせているのは、後から横書きで読む「3. 知っておきたい手続き・仕組み」が加わっていることで、こちらの方は、東洋経済新報社役員を退職し、現在、出版退職者懇談会の山辺啓相談室長の書き下ろしで、索引付きの実用編となっている。

1の提言は4章だてで、【可能性ゆたか、第二の人生】は、多くのビジネスマンの境地を描いては第一人者の城山三郎氏の「清忙の大晩年へ」が巻頭を飾ってさすがの内容。

【定年前と定年後】では、コワモテの佐高信氏「会社への「離塁感覚」を」がやさしい弁説を披露し、【それからの夫と妻】での「夫婦と地域と介護と」沖藤典子氏は、地域にも会社みたく存在するハイアラーキーを示し、【高齢社会の明日】では、アメリカの歴史ある地域互助組織であるボランティア団体AARPの活動を紹介している。

2の実例集は、突然来た「毎日が日曜日」に立ち向かった人々の物語の各々、語り口はどれも真面目であり、またその過ごし方の理屈もかならず有り、その理屈に応募ものの特徴がみえる。

5章だての初章【楽しむ日々】では、定年後、大学生になった人、相談員になった人、卒論、パソコン、久し振りの恋に挑戦した人、和紙画(ちぎりえ)を習得した人、自分が建築した学校を訪ねた人、まだ続けている日本26,000キロの途中の人など様々。

【会社から社会へ】では、勧奨もないのに公務員を自己「定年」で退職し、夫の学習塾の先生に転職した人、ゴルフ場阻止運動に身を投じた人、役員で退いたそのバス会社でさらにガイドに転じ、かつての部下・後輩を同僚・先輩にした人、資料を収集し自宅を「兵士庶民の資料館」とした人、保険会社の嘱託の誘いを辞して畑違いの造園会社の仕事に転じた人、例の定年即離婚の波を打破し資格取りに挑戦した人など、前章よりはユニークさが増した人々の選択の帰趨。

【夢と準備と】章は、定年前の人が定年に抱くイメージやその時に備えて期していることをいくらか教条的に語っている。この章が、時制の切り取りに抱く人々の「定年」イメージをもっとも適確に示している。1は学者・作家が中心だけに「定年」を我が物としていない人が多かったが、ここでは、定年のイメージを具体的に描くよう努め、実際にこれをやろうと期している人たちである。

「命のネットワークづくり」(石丸雄次郎、55歳、公務員)の冒頭が適確にまとめている。「“定年”が脳裏をかすめるのは、“死”が時々顔をのぞかせるのによく似ている。
自分には縁がないものと考えてはいるが、どこか心の中に一角を占めて決して消えることのないものだ。そして必ず、確実に身近に迫ってくるものである」と。

ここに記されていることは、多くは、現在始めていることの延長もしくは本格化だ。順にみていくと、もう一度自転車による旅と趣味の古書店巡りの全国化、手作りの趣味を生かした「ふれあい工房」を田舎に、ボランティア活動の継続とそのグローバル化、義父へのやむを得ざる関与経験を延ばす在宅介護コンサルタント、いずれもかつては触れた道を広げた老人ソフトボール部・老人ジャズ楽団の組織化その果ては政治団体としての「全老連」の夢、20年間の計画で自転車による「地球と話すシルクロード踏破」・・・。

最後の【子の目で見れば】章は、もっと定年が遠くにある人が身近の人に描いた定年像である。ガンの父が多分行くであろうリハビリを兼ねた田舎暮らし、ラジオ短波で定年後過ごした株世界の父・その父の残した「量は半分にして倍の期間飲めばよかった」という命題、町中での医院をたたみ島の診療所へひらり移った医師夫婦。子は親をみて育つ、いくつになってもこれは通じそうだ。

3は、定年の瞬間にいる諸般の手続き、その後の保険や年金や医療問題をきわめて具体的に示したハンドブックである。特に年金については、レアケースも含めて克明であり、さらに関連部署の県別一覧も付き親切、最後に提出書類の実物見本が添えられている。

夢と現実のギャップは、各々の人の心の持ち様によって変わる。この岩波の書に示された具体例とそのよって来たる背景の様々は、定年に思いを馳せあるいは迫る現実に確かな具体的なイメージを湧かせる。もとより、予め思う人の方がギャップは少なかろう、がしかし、ケセラセラという人の方がこの世には多く、あるいはそういう人の方がギャップは案外小さいのかも知れない。

実例集と実用集を合体させ、いかにもコンビニエントな本だが、これはコンビニエント過ぎて、入り口を求める人には、つまりこの分野での初心者にはふさわしくとも、この書の読み手は本来社会の練達者だけに、いささか・・・。

もっとも、定年とは時制内に突然発生する切れ目だけに、これからの人はすべて初心者、ベストセラーを続けていることを素直にほめるべきかも知れない。

岩波のハードカバーの良さは、出す本つまり企画に主張があること、著者が斯界の権威であること、さらに定本然たること・・・にあるが、仔細に出版物をみると、その弱点として、この書がそうだが、企画をもう一捻りしないが故にしばしば表れる安直な造り、著者を追い込みきれない内容の甘さがある、とだけは指摘しておこう。(修)

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