駅格差【首都圏鉄道路線研究会】

駅格差


書籍名 駅格差
著者名 首都圏鉄道路線研究会
出版社 SBクリエイティブ(256p)
発刊日 2017.05.08
希望小売価格 886円
書評日 2017.07.21
駅格差

著者の首都圏鉄道路線研究会は「各種統計データを駆使して鉄道がもたらす様々な効果効用を日夜研究している」と紹介されている。会員6名で執筆しているのだが、鉄道好きという共通項で統一感のある一冊になっている。このグループは昨年「沿線格差」を出版しており、本書は続編という事になる。前書同様、「格差」という言葉をタイトルに使っているのだが、「時代の新しい流れ」を示しつつ駅ごとの特色・特性をより鮮明に比較するためにこの言葉を選んだと考えるのが妥当なようだ。

同時に「駅格差」としながらも物理的な駅舎や構内を単純に比較している訳ではなく、「駅」と「街」の混在した空間を対象としたランキングである。それは私たちが普段生活をしている中で使っている生活空間としての「駅」という言葉の概念に近いものであり、こう説明している。

「『どこにお住まいですか』という質問に対して、大抵の人は最寄り駅で答える。また、不動産などのいろいろな会社が『住みたい街ランキング』を発表しているが、これも良く見ると『住みたい街(駅)ランキング』とある」

このように日常生活では、駅周辺の街を含めた概念でその地域の印象を形成し、評価をしているといえる。鉄道会社からすれば乗降客数が多ければ利益を生むということで、駅のランキングといえば乗降客数そのものになるのだが、住民や利用者にとっては「駅」にまつわる様々な利害や感情が乗降客数に計数化されるまでのプロセスで生み出されることになる。その様々な視点から21種類のランキング、9組の駅同士でのライバル比較、住みやすさ、といったランキングとともに、「下流社会」(2005年)で日本人の社会生活の変化を「格差」という概念で解いた三浦展とのインタビューで本書は構成されている。

首都圏(一都三県)にあるJR・私鉄の駅(1600駅くらい有るのだろうか)を対象としているのだが、自分自身で頻繁に利用したことの有る駅の数は限られている。私も小学生までは大塚駅、王子駅、巣鴨駅といった狭い範囲の国鉄の駅を利用していた。中学になると田端駅、日暮里駅を通学で利用することとなり、高校になると一挙に行動範囲は広がったものの、日常的に使う駅は限定的だったと思う。

そうした中で判りやすい比較は一日の乗降者数である。鉄道各社の統計からのランキングは、言わずもがなの新宿、池袋、渋谷といった山手線西側の駅が上位に並ぶことになる。新宿の一日の乗降者数は3,594,119名(2015年)。二位の池袋の2,623,640人に比較してその差は圧倒的である。この数字は首都圏第一位というだけでなく、日本一、世界一でもある。ただ、本書は単に数字のランキングで終わらせていない。何故新宿が一位になったのかを鉄道史で説明している。

新宿駅は新橋駅(東海道線)と上野駅起点の高崎線とを結ぶ路線として品川線(品川-赤羽)が1885年(明治18年)に開業したことに始まり、1889年(明治22年)に甲武鉄道(現中央線)が新宿以西で開業した。1923年(大正14年)の関東大震災で都心の住民の多くが郊外に移住し、新宿を起点とする京王電鉄、小田急電鉄がその輸送に貢献しつつ、新宿の交通の要諦としての立場は堅固になっていった。その後も1965年に淀橋浄水場が廃止され、その跡地を再開発して新宿新都心として巨大なオフィス群を創り上げ、就業人口の拡大がなされる。

首都東京の変化を象徴するような新宿ターミナルの巨大化の発展物語は、鉄道網とともに地域と住民そして都市機能がパズルのように組み合わされていった歴史である。加えて、世界一という乗降者数も技術とか都市設計といった知見の積み上げだけで達成できるとは思えない。正確な運行、システム化された発券や改札、統制のとれた乗客の流れ、こうした要素が一日350万人という数を支えている。

本書のランキングは多様な目線で作られているが、各鉄道事業者などの第三者の数字を使った統計によるランキングもあれば、研究会の採点による独自ランキングもある。例えば、乗り換え利便性ランキング、駅前横丁指数ランキングといった鉄道好きの自信に満ちた主観的というか独善的なランキングなども面白いものである。特にあまり利用したことのない駅に関してのランキングは本書を観光案内的に読む楽しさを提供している面もあり、読者がその駅に行ってみたいと思わせることが出来たとしたらこのランキング本は成功だと言えるのだろう。

中でも、駅トイレ利便性ランキングという項目にも驚かされる。まさに足で稼いだというか、実地主義を徹底した分析・評価である。各駅の乗降客数に比較しての便器の数や清潔感など、総合的なトイレ評価がされている。男性編の第一位は東京、以下品川、上野と巨大ターミナル駅が続く。一方、女性編は第一位が浅草橋というランキングに驚くことになる。説明を読むとなるほどと思いつつ自分の役には立たないので読み飛ばしてしまうのだが、女性読者は納得されるだろうか。ちなみに男性編で一番厳しい評価を受けたのは渋谷駅で、混雑する時間帯も多く、駅周辺の商業施設の拡大の割りにトイレの増設が追いついていないという実態が評価を下げている。コメントがすごい。

「がまんできなくなりそうな場合、渋谷駅のトイレに期待するのは危険と思われる。加えて、お隣の原宿駅は個室が2室でうち1室が和式。休日の利用は自殺行為に等しい」

次に、鉄道自殺件数の多い駅ランキングに注目した。ここでは過去10年間の一度でも鉄道自殺が有った駅は675駅と言われている。行政的には一般的な人身事故は「人身障害事故」といい、自殺は自然災害と同じ「輸送障害」に分類されるようだ。ただ「輸送障害」は遅延が30分未満だと報告義務がないことから、本書に示されている鉄道自殺者の数は全てを網羅しているのではなく、統計に出てきていない人がいると言うのも重要な指摘である。

ライバル対決という章では、伝統的な「三軒茶屋 対 下北沢」「大宮 対 浦和」といった違和感のないライバル関係もあれば、「北千住 対 赤羽」という組み合わせのように単なる下町のターミナル同士で、そもそもライバルか?といったものもある。北千住、赤羽はどちらも下町で物価が安く、気さくな気風と、昔ながらの商店街といった印象だが、特に近年の変化を示されるとその大きさに驚く。

半世紀以上前であれば赤羽は京浜東北線と赤羽線の連結駅、北千住は常磐線と東武鉄道の連結駅というイメージであるが、今や北千住は東京メトロ千代田線、つくばエクスプレス、東京メトロ日比谷線といった都心への乗り入れが行われる大ターミナルになった結果、乗降数1,242,139人に達し、赤羽駅の184,292人とは大きな差をついている。この差は北千住が商店街の充実を果たした結果目的地となったのに比較して、赤羽は埼京線、湘南新宿ラインの乗り入れがあるものの通過駅でしかなくなってしまったということか。こうした比較も目線としては固定観念を覆される面白さということだろう。

住みやすさからみた「駅格差」の分析や三浦展の語る統計からは、より人の特性を細分化したランキングに示される駅や街の登場に驚かされるところが多い。例えば、年収600万円以上の男性が住みたい街は高学歴女性が住みたいと思っている場所を選ぶという統計結果等、信じるか信じないかは別として小説を読むような仕掛け感が満載である。

駅も街も時代とともに変わっていく。その中で私個人も駅との付き合い方は転居、通学、通勤などとともに変化して行く。例えば、私にとって大塚駅の原風景は小学生の時だから60年前のことである。暗い改札口のある木造の駅舎と、その横にトラック用のデコボコ道と先にあった木造の小さな貨物扱所の建物である。今となっては、貨物扱いは停止され、関連施設の跡形もない。一方、本書の色々なランキングを見ながら自分自身の転居、通学、通勤を通して時代毎に利用した駅たちを思い出す。そうした中で大塚駅の変わらない風景を一つだけ見つけることが出来た。山手線の下を通っている都営荒川線王子駅のアーチ型ガードである。変わる必要性とともに、変わらないことの価値も思い出させてくれる読書であった。(内池正名)

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