団塊の世代には、思い出の再生装置として
書籍名 | 「面白半分」の作家たち |
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著者名 | 佐藤嘉尚 |
出版社 | 集英社新書(221p) |
発刊日 | 2003.8.28 |
希望小売価格 | 600円 |
書評日等 | - |
あの伝説の雑誌「面白半分」を立ち上げた佐藤嘉尚が編集者として担いだ作家たちの素顔を彼らとの会話とエピソードをで紹介している。
吉行淳之介・野坂昭如・開高健・五木寛之・藤本義一・金子光晴・井上ひさし・遠藤周作・田辺聖子・筒井康隆・半村良・田村隆一といった歴代の編集者を見ると1970年代の息遣いがストレートに伝わってくるビビッドな作家達である。
彼らを担ぎ出した佐藤の才能と作家達の見えざる連帯とも言える関係が良くわかる。また、その半数が鬼籍に入ってしまったという現実が嫌が応にも同時期を20代で過ごした者にとっては、そっと思い出に浸りながら、また、そうだったのかと反芻するページが続き、週末完結型読書に最適。
上野毛にある吉行の家に行き創刊号の打ち合わせの描写から始まる。この頃は吉行の体調が悪く、一年に30枚の原稿しかかけなかったと言われている時期であるが、吉行がこの雑誌の創刊に力を入れているというか、仔細に目配りする様子を佐藤は端的に記している。
吉行は、再び長尾の絵を何回か見直し、「創刊だから気宇壮大に、これでいこう」と一枚選んだ。頭にワッカをのせている神様が雲に乗り、りんごの皮を剥くように地球をナイフで剥いているという絵である。
「いいですね、スケールが大きくて。それで刷り色はどうしましょうか。タイトル部分は大体こうするつもりなんですが」
私は、デザイナーの代田奨が作ってくれていた表紙のカンプ見本を出し、真ん中に長尾の作品を乗せた。
「うん、スミだといくらなんでも地味ずぎるから、思い切って特色で金赤の蛍光色なんかどうだろうねえ。創刊だから、少しパーッと」
「わかりました。そうします。」
「色校も見せてもらいたいな」
「もちろんお持ちします。・・・・・・・」
雑誌を仕上げていくプロセスというのは門外漢なのでよく知らないが、二人の会話を読んでいると、立場と性格の違いが良くわかる。若い佐藤の緊張、一方吉行の具体的というか細かな判断と指示。感覚的にはもっと淡々とした吉行を想像していたが、意外と緻密な視野での発言で、紹介されていく二人の会話は一見チグハグなやり取りとも見える部分も有りながら、異質な二人の必死の共同作業という印象は強い。XとYという対比(埴谷雄高の評論集の題みたいだが)で一連の章を組み立てている本書に従えば、若さと老獪、緊張とゆとり、概念と具体といった構図の二人の対話が楽しめる。
こうして創刊された「面白半分」であるが、どうしてもこの雑誌を語るには「四畳半襖の下張」裁判ということになる。二代目編集者である野坂昭如により「四畳半襖の下張」は覚悟の上というよりも気楽に掲載を決めたと言われるが。これが1970年代を通して行われた裁判の序章である。本書では裁判経緯とともに開高健の弁護側証人の発言を佐藤なりにダイジェスト化し記述している。その根底はある種楽しげに、面白可笑しく描写をしてはいるものの、被告人の一人である佐藤がこうしたまとめ方が書ける心境までに25年以上の時間が必要だったのかとの感慨も浮かぶ。
この本を読んでいる最中に本棚を探し野坂が書いた'「四畳半襖の下張」裁判' 株式会社面白半分 1976年刊 を引っ張り出してきて、懐かしく読み直した。その表紙を飾る野坂の写真が殊のほか若い。一方で自分の老成を確認するようでもありなかなか複雑な思いである。
本書に戻ると、メディアと国家のまさにガチンコ勝負であったこの裁判をはたして現在の目でどう評価するのかは解けていない。この裁判が活字文化における表現の自由に関する最後のバトルであったとの現在形の意味づけは、結果論としてはその通りで歴史的意味以上の何者でもないと片付けてしまうことも可能なのだ。ただ、以降、映像・視覚メディアの圧倒的な存在感の前に活字文化(または紙という媒体自体)のサブ・カルチャー化が進んでいることを日々実感させられている現代だからこそ、発行人としての佐藤によるこの裁判への認識と感慨をもう少し聞きたい気もする。被告人最終意見陳述が引用されてはいるが、今どう語るのかをもう少しというのは読者の我侭だろうか。それとも、佐藤にとっては自分の認識は変わらず時代環境が変わっただけであるというのが答えかもしれない。
開高健との共有された時間の濃密さも丁寧に書かれている。濃密さのベースは言わずもがなの食べ物と下ねたではあるが、同時に派生的な佐治敬三との交流も企業人としての佐治の魅力とともに文化人としての佐治の魅力も活写されている。五木寛之と腰巻大賞の創設、金子光晴との会話などを読むにつけて佐藤を支える作家・文学者がいかに多かったかと驚嘆する。そしてそれは面白半分という雑誌自体の魅力なのか、それを具現化させる佐藤の魅力なのか判然としないまま読み進んでしまう。生と死としてまとめられた最後の章は関係された方々のレクイエムが綴られていくがこの本を完結させるための必須章なのだろう。
評者としては、佐藤嘉尚が「面白半分」創刊時27才で頑張っていたのだということへの敬意が率直な感想である。そしてあの「面白半分」時代は読者としての自分にとってどんな時だったのかをゆっくりと考える触媒代が本書の価格(600円)であろう。なんと安いことか。若いひとには歴史の断片として、団塊の世代には思い出の再生装置として面白半分に読まれることをお勧めする。
現在、吉行邸の門には「吉行・宮城」と横書きに書かれた表札が掛かっている。その墨で白木に書かれた表札は今や古ぼけその苗字もじっくり読まないと判らないほどである。佐藤が訪問した1970年代初頭に比べ家のたたずまいは変わらなくとも周りの環境はずいぶん変化したものと思う。今も宮城まり子さんは住んでおられるのだろうか、そんなことを考え門から手入れの行き届いた植栽の奥にあるさりげない家屋を見やりながら、評者は毎朝の通勤をしている。(正)
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