1秒24コマのぼくの人生【りんたろう】

1秒24コマのぼくの人生


書籍名 1秒24コマのぼくの人生
著者名 りんたろう
出版社 河出書房新社(256p)
発刊日 2024.11.30
希望小売価格 3,520円
書評日 2025.03.16
1秒24コマのぼくの人生

『銀河鉄道999』『METROPOLIS』などのアニメーション映画の監督として知られるりんたろうによる自伝マンガ。自伝でありつつ、それがそのまま日本のアニメーションの歴史に重なっているのが凄い。しかも、背後に戦後社会の変貌もうかがわれる。家族史でもある。そんな多様な読み方ができる一冊。

『1秒24コマのぼくの人生』は、もともとフランス語圏のバンド・デシネと呼ばれるマンガの一冊として刊行された。これはその日本語版。この本がまずフランス語圏で刊行されたのには、りんたろうが演出したテレビ・アニメ『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』がフランスで大人気だったことも与っているようだ。

構成は映画のスタイルを取り、プロローグとエピローグに挟まれた7つのシークエンスからなっている。

プロローグは、りんたろうが父と映画館(「人世座」とあるから池袋)に行った記憶。見終わって父が小学生のりんたろうに、「映画にとって大切なのは光と影なんだ」と呟く。この言葉が、彼の生涯を貫く導きの糸になる。りんたろう少年が眺めているのは『情婦マノン』『不良少女モニカ』のポスター。彼より6歳年下の小生にとっては、どちらも伝説的な映画だ。父親は演劇・映画の脚本家を目指したが挫折した人。どういうつもりでこの大人向けの映画に息子を連れていったんだろう。

シークエンス1は時間を逆回しして、戦争の記憶。幼かったりんたろうは家族とともに信州の農村へ疎開。やがて復員してきた父は床屋で生計を立てた。父は数十巻の『近代演劇全集』を大切に持っている。りんたろうは父に買ってもらった世界童話の挿絵に夢中になり、鉛筆で模写する日々。センチメンタルに流れない描線と台詞から、父親の哀しみがうっすら滲み出る。

シークエンス3は、映画の日々。『笛吹童子』に夢中になり、『にがい米』のシルヴァーノ・マンガーノの太ももに興奮したりんたろうは幻燈機を自作し、紙で35ミリ幅のフィルムをつくってコマに絵を描き、友だちを集めて上映会をする。

ところで、アメリカン・コミックと日本のマンガはテイストが違うように、バンド・デシネも日本のマンガとは内容も形もいささか異なっている。体裁は大判(A4判)のハードカバー。本書はモノクロだが、ほとんどがオールカラー。左開き(ページを左へあける)で、見開きの左上から右下へと読んでいく。割とかっちりしたコマ割り。雑誌連載を基本とし長大でディテールに凝った日本マンガと違い一冊で完結するから、省略や文字も多い。「第九の芸術」と呼ばれ、アートとして認識されてもいるという。SFを得意とする作家メビウスは手塚治虫やりんたろう、宮崎駿、大友克洋らに多大な影響を与えた(映画『ブレードランナー』にも影響を与え、『エイリアン』ではデザインも担当している)。バンド・デシネにはジャンルもフィクションにとどまらず、自伝やドキュメンタリーものもあるという。

本書に戻ろう。シークエンス4。成人したりんたろうはスタッフ募集の新聞広告を見てマンガ映画製作会社に飛び込んだ。でもあっけなく倒産し、やはり新聞広告を見て東映動画に入社する。長編第1作『白蛇伝』の製作中だった。同僚の杉井ギサブロー(後にアニメ『銀河鉄道の夜』を監督)と友人になり、『西遊記』の製作現場では原作者・手塚治虫と顔を合わせる。外では60年安保。コマの背景に新宿のジャズ喫茶「汀」の看板が描かれたり、自室にマイルスのジャケットが置かれてるのは、りんたろうと小生、少し歳は離れてるが同時代だなあ。

シークエンス5。先に東映動画を離れた杉井ギサブローに誘われ、手塚治虫が立ち上げた虫プロダクションに入社。最初の作品は『鉄腕アトム』。「それは想像を絶するテレビアニメの幕開けだった。……脚本も絵コンテもなく、すべて手塚治虫の指示だけを頼りにした五里霧中の作業が昼夜を分かたず続いた。……腫れあがったペンダコに鉛筆がくいこみ悲鳴を上げ、席を離れるのはトイレのときだけで、1分1秒たりとも無駄にするなと机にかじりつく。眠くなったらところかまわず倒れこんで高いびき。自慢の白亜のスタジオも戦いに明け暮れる塹壕さながらだった」。茶目っ気のある手塚は、フィルムのなかにギャング団の子分として「リンタロー」なるキャラクターも登場させた。「アトム」の大ヒットを契機にテレビ・アニメの黄金時代が始まる。りんたろうはやがて演出も任されるようになり、その後、『佐武と市捕物控』でも演出を担当する。視聴率はイマイチだったが、光と影を多用し大胆な省略が斬新で(小生も見た記憶がある)業界の評価は高かった。

シークエンス6。煮詰まって虫プロを退社したりんたろうは、別のプロダクションで『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』(原作・松本零士)を演出。「ぼくの中に棲みついていた映画の魔物が目を覚ました! シリーズの幕開けとしての導入部、切れ味いい場面転換、グッドタイミングで入ってくる音楽、そしてハーロックの登場で迎える大団円。頭の中で渦巻いていたアイデアを吐き出しながら、一気に絵コンテを描きあげて現場作業に入った」。小生このテレビ・アニメを見ていないが、低視聴率ながら評価は高く、「伝説的存在」と言われたようだ。そして、古巣の東映動画から長編アニメ映画の監督として声がかかる。作品は松本零士の『銀河鉄道999』。

以後のシークエンスでは、『銀河鉄道999』に始まり、角川映画『幻魔大戦』(平井和正原作、キャラクターデザイン大友克洋)、『METROPOLIS』(手塚治虫原作、大友克洋脚色)とつづく、アニメーション映画監督りんたろうの代表作の製作現場が描かれる。

大ヒットし、実写を含めその年の興行成績トップとなった『銀河鉄道999』は、中高生をターゲットにした作品。それまでテレビアニメの世界で仕事してきたりんたろうの集大成というべき映画だろう。数十年ぶりに見たら、技術的に洗練された現在のアニメに比べて時代を感じさせるけれど、宇宙船である蒸気機関車が銀河を走るストーリー展開や盛り上げは見事。いま見ると、構成が東映やくざ映画と同じパターン(というか、「忠臣蔵」以来の日本エンタテインメント映画の定型)なのがおかしい。一方、『METROPOLIS』はりんたろうが長いこと温めていた題材で、手塚の初期マンガをアニメ映画化したもの。マンガもアニメも戦前の無声映画『メトロポリス』にヒントを得ている。興行的に振るわず、評価も賛否が分かれたようだが意欲的な作品で、CGを使った未来都市とその崩壊のクライマックスはいま見ても新鮮だ。りんたろうの代表作といっていいだろう。

ストーリーはそこで終わるけれど、小さいころ映画への夢を育んでくれた父親と、導きの糸だった手塚治虫への敬愛が全編を貫いているのが心に残る。

本書はもともと、フランスでりんたろうの自伝を長編アニメ映画でつくろうという企画から始まった。しかし膨大な予算と時間がかかることから難航し、その内容をバンド・デシネにしたらどうかということになった。りんたろうにとってバンド・デシネを描くのは初めての挑戦であり、集団製作のアニメと違って一人でこつこつとコマを描いていくのも初めての経験だった。独習したマンガ・ソフトを使って完成まで6年かかったという本作。フランスで、「バンド・デシネなのに映画的」と評価されたという。それはりんたろうにとって、最高の誉め言葉だろう。その通り、一本の長い映画を見たような気持ちで一冊を読み終えた。(山崎幸雄)

プライバシー ポリシー

四柱推命など占術師団体の聖至会

Google
Web ブック・ナビ内 を検索