測る世界史【ピエロ・マルティン】

測る世界史


書籍名 測る世界史
著者名 ピエロ・マルティン
出版社 朝日新聞出版(288p)
発刊日 2023.06.20
希望小売価格 2,420円
書評日 2023.10.16
測る世界史

人類は生きるために、そして世界を知るために様々なものを測って来た。我々が日常的に道具を使って測っているものとは、物差しによる「メートル」、時計による「秒」、秤による「グラム」、気温計や体温計による「温度」、枡による「リットル」と言ったところである。普段の生活でアンペアや明るさを測っている人は居ないだろうし、明るさの「カンデラ」と言われると理屈としては判ったつもりになっているだけ。物質量単位の「モル」にいたっては「何それ?」といった感じではある。

著者のピエロ・マルティンはイタリア人で物理学(熱核融合)を専門とする大学の教授。EUの国際研究プロジェクトの責任者であるとともにメディアを通しての情報発信を活発に行って科学の普及に努めているという。それだけに、様々なエピソードを詰め込んで読者の「測る」ことへの興味の観点を広げるとともに、一般人から見ると変人とも見られる物理学者たちを学術的視点からと人間的視点の双方から紹介することで理解を深めてほしいという思いも伝わってくる。そして、本書で取り上げている7つの世界基準の単位は科学の進化の為には必須であるとともに、説明と検証のための共通化の歴史が語られている。つまり、「生活や歴史」として人類が測ってきた体験の側面と、「物理科学」としての複雑な方程式が登場してくる理論の側面の両方を描いている。従って、手に取る人の知識差や興味の視点の違いによっても楽しみ方は違ってきて良いのだろうと思う。

本書はあのビートルズと医療機器の関係を語ることから始まっている。EMI(Electric and Music Industries)社は1960年代初頭に結成早々のビートルズのレコーディングを行った会社。その時点でビートルズが将来世界を席巻するバンドになるとはEMIの誰もが思っていなかった。また、この時期にEMI社の医学機器部門ではコンピーターによる断層撮影技術の開発、実用化に成功した。これで同社のエンジニアは1979年のノーベル賞を受賞し、この測定分析技術は医学の進歩に大きく貢献した。そこで、著者の指摘は、ビートルズは音楽の革新に対し貢献しただけではなく、彼らの演奏活動から生じた収益がCTスキャンの実用化への大きな後押しになったと指摘している。こうした逸話を各所にちりばめながら本書は進んで行く。

最古の測定遺物として、一年間の月の満ち欠けの記録を彫り込んだ4万年前のマンモスの牙が発見されているという。また文明の黎明期には人間の身体が長さの測定の道具で、肘の端から中指の先までは肘(キュビット)という単位で広く使われていた。聖書でもこの単位はノアの箱舟の大きさを表現しているし、エジプトでもこの単位で基準石を作り、ピラミッドの建設でも活用し底辺約230mの大ピラミッドを誤差10cm以内という精度で完成させている。ローマ時代になると道路などの長い距離の測定はマイルが使われた。これは1000歩というラテン語に由来する名称だが、この時代の一歩は一方の足が地面を離れてから、その足がまた地につくまでを言っているので、現代の二歩に相当すると説明されている。街道歩きをしてきた私としては歩数測定基準も違いが有った事に面白さを感じる。

ローマに繋がる街道にはマイル標石が設置され、まさに「全ての道はローマに通ず」という権力の象徴でもあった。こうした測定基準によって「権力」と「信頼」を作り共同体社会が形成されていったことも良く判る。18世紀末のフランス革命によって6つの単位を定めた法律が施行された。長さのメートル、面積のアール、薪の体積(1立方メートル)ステール、液体容積のリットル、重量のグラム、通貨のフランである。その後、1875年にパリで17ヶ国が条約に署名して、以降の測定単位の国際協調の流れをつくり万国共通の測定単位が確立した。この国際条約が「メートル条約」と呼ばれたのも、ギリシャ語の「測定(メートル)」というが語源だという。

1960年にパリで第11回国際度量衡総会が開催され、宇宙を含めた測定空間の拡大に伴って国際単位が改定された。科学の進歩とともに測定精度を上げることが不可欠であるのは当然であるが、アインシュタインの特殊相対性理論で示した慣性で変化しない光の距離速度が基準となったことで、一つのゴールに到達したと言われているが、その測定基準は私の生活感からはかけ離れていったのも事実。

我々の生活で最も大きな影響を持つ単位は時間だと思う。アメリカ人物理学者のファインマンは「本当に重要なのはそれをどの様に定義するかではなく、どの様に測定するかだ」と言っているが、時間の測定はエジプト文明における大きな石柱の影を使って日中の時間や季節の変化を測定する日時計から始まる。ピサの大聖堂を訪れたガレリオはシャンデリアのリズミカルな揺れを見て、自分の脈拍を測りつつ振り子の等時性を発見したことから、1650年にオランダのハイヘンスによる振り子時計の実用化につながる。

そしてメトロノームが開発され、作曲家の意図したテンポを示す基準となった。ベートーベンは先端的な機器であるメトロノームを使用していた。彼のピアノソナタ第29番は一番の難曲と言われている。楽譜ではビアノソナタ第29番-106のテンポを138ビートと表記しており、とてつもなく早い演奏を要求していた。そのため、助手がメトロノームの操作を誤ったか、測定ビートの転写をまちがえたのではないかと言われているというエピソードが紹介されている。また、ダリの「記憶の固執(1931)」に描かれている液状化して垂れ下がっている時計は、時間は人間の主観的、個人的なものであり、アインシュタインの考えた時間の相対性を表現していると著者は解釈している。こうした時間の個人的な相対性は科学ではない、有限性の人生が心理に変えているという事からすると、測定単位の中の時間の特殊性は明らかである。

科学の進化の中で、原子の振動数を基に定められた時間基準では3億年で誤差1秒となったと。また、1875年に白金90%、イリジュウム10%の合金で作られたキログラム原器が一世紀の間に5000万分の1グラム減少したことが判明したため、2019年に重力の相対性理論と量子力学で定義されることになったと聞くと、もはや精度感覚は一人の人間としてはまったく実感できない。

一方、イングランドでは「1ポンド」は「100ペニー」。「1ペニー」は乾燥小麦32粒分という重量単位だった。このように重量単位は商業活動における必要性が高いため、多くの国で、リラ、ポンド、ペタ、マルタなどの様に重量単位だったものが通貨単位になっていったケースが多いというのも納得がいく。また、温度の測定単位は1848年に物体の可能な限り低い温度を絶対零度と設定しているケルビンという単位が採用されている。しかし、摂氏による温度表記が今なお我々生活の中で利用されているのは水の氷結が0℃、沸騰点の100℃という「シンプルさ」と「美しさ」とする著者の指摘はその通りで、基準の定義の妥当性もさりながら、測るという行為に対する我々の納得感が測定単位の定着に求められていると理解した。

しかし、読み終えてみると物理学の難しい方程式はともかくとして、そこから進化してきた科学技術の恩恵を十分に享受している自分に気付かされるのも事実である。自動車のナビ機能もGPS衛星との遠距離の通信や時間補正などが活用されて、誤差無く自分の移動状態を瞬時に表示してくれる。また人間ドックに行けばあらゆる検査は放射線や電磁波などを活用した機器によって測定が徹底的に行われる。日々そうした先進技術に囲まれて生活していることと、その原理を理解しているかは別問題として、本書の数式の部分は読み飛ばしても十分雑学的な楽しさ満載の一冊であった。(内池正名)

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