書籍名 | Jazzing |
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著者名 | 山本容子 |
出版社 | 講談社(57p) |
発刊日 | 1997.8.31 |
希望小売価格 | 2940円(税込み) |
書評日等 | - |
「山本容子のジャズ絵本」と題して、24曲のジャズのスタンダード・ナンバーをテーマとした絵と文章とおまけといってはなんだが、24の楽曲をカバーして谷川賢作がプロデュースしたCDが付いている。こうした複合表現形態の出版物に出会うのも楽しいものだ。
各曲の歌詞について語り、描いていることからも想像できるように、山本自身が好きで歌っている曲が選ばれているのだろう。「Fly me to the moon」にはじまって「Nature Boy」「Sentimental Journey」など。結果的にみると無難な選曲で、「おっ、そんな曲をとりあげるか」という意外感がまったく無いことが不満といえば不満である。
たしか山本容子は私のような団塊の世代の中心よりも五歳ほど若いはずであるが、この年になってくると年代的な違いと云ってもあまり意味の無い範囲になっている。従って、成長とともに遭遇してきた音楽も似たようなものなのであろう。
絵はすべて、その曲の歌詞を使って表現されている。登場する人物はラブソングであれば男女、オリジナルを歌った歌手、犬などの動物もどんどん出てくる。いつもながら、けして流麗で精緻な描写ではなく、山本の感性とイメージが先行する独特な色使いの銅版画となっている。彼女のスタイルにピッタリはまった絵をみていると、本書は彼女にとってかなり楽しい仕事だったのかもしれないと思ってしまう。この本のキッカケを次のように語っている。
「・・・音楽をテーマに版画を作るきっかけになったのは、3歳の頃から童謡を習ったり、少女の頃のクラシックピアノのレッスンを受けた経験によるところがあると思う。というのは童謡で覚えた詞をイメージしながら歌を歌うと頭の中に絵が浮かんできたり、ピアノの音色に色を感じたりするからだ。画家になってからは、音楽という時間そのものを一枚の紙の中で表現するというゴージャスなアイデアが浮かんで、そんな音楽空間をつくるために音符も絵の要素として描き込むことにしたのだった。・・絵を見ながら音楽を聞く体験が出来る。耳で音を聞きながら、目で絵を追いかけると、不思議なことに絵がメロデイにのって動くように思える。・・・・」
本書の複合表現は山本の狙いとしては、CDを聞きながら、版画を見て、文章を読むということを要求しているのである。ちなみに、「Fly me to the moon」は次のような文章。
「「私(または僕)を月に飛ばして」という非現実的なセリフは恋に落ちないと出てこない。
どんなに自立した猛女やマッチョでも、
恋をしたとたん、相手を上目遣いで見る気持ちで、それもやや小声で、
「・・・してほしい」ということばを発するものだ。
この受動的な心の表れに自分で驚きながら、恋ってものが始まる。
この歌のはじめには、詩人たちが簡単なことを言うのに
いかに多くの言葉を使うのだろう、という歌詞が書かれているのが興味深い。
だから「月に飛ばして」だの「星の間を遊ばせて」だの、「木星や火星の春が見たい」ということばがナンセンスにならないというわけだ・・・・・」
Verse(前歌)の歌詞を引き合いに出して語ったりしているので、知っている人は「そうそう」ということになるが前歌の歌詞を知らないとちょっとしっくりこないかもしれない。ちなみに「Fly me to the moon」の前歌はたしか次のような歌詞だったと思う。
Poets often use many words
To say a simple thing
It takes thought and time and rhyme
To make a poem thing
・・・
そして、「Fly me to the moon And let me play among the stars」というchorusにつながる。前歌の歌詞はなかなか表現されることが少ないので残念であるが、この歌詞もなかなかのものである。こうした、曲の理解や自分自身の恋愛観の表現を素直に文章にしている。そんな山本のジャズの一つの出会いとして「スターダスト」の文章を見てみよう。
「シャボン玉ホリデーというテレビ番組があった。いつの頃だったか。いずれにしても私はまだ少女だった。たしか番組の最後に、・・ピーナッツの二人の女性、このとき歌われていたのが「スターダスト」。・・・・毎週繰り返されるこのエンディングを見ながら、大人の西洋の匂いを嗅いでいた私だった。日本でありながら、ブラウン管の中には西洋が品よく感じられた。・・・今はなぜかこのような、ゆったりとしっとりとした時間はテレビの中で繰り返されなくなっている。不思議なことだと思う。今の少女はもう、テレビを見てホオ杖をつきながら、未知なる大人の世界を夢見ることなんかないのかしら。・・・・」
「シャボン玉ホリデイ」や「夢で会いましょう」といった昭和30年代のテレビ音楽番組では、今考えても良質なジャズやポップスが多用されていたと思う。ある種の本物がお茶の間にドンドン入ってきていた時代だったといえる。山本より少し年上である評者からするとこうした音楽との出会いは「大人の西洋の匂いを嗅ぐ」というより、素直に「西洋に憧れた瞬間」だった。
音楽の影響力は大きい。ジヤズに限らず楽器による演奏は当然抽象度が高いだけ聴く側のインパクトも感覚的には大きいのだが、Vocalは言語による具象的情報があるだけに具体的イメージを醸成することができるという特徴がある。だからこそ、ある曲の歌詞を借りて、思いを伝えるといった技が「大人」の間では活用されたりするのである。(正)
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