書籍名 | 主権なき平和国家 |
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著者名 | 伊勢﨑賢治・布施祐仁 |
出版社 | 集英社(272p) |
発刊日 | 2017.10.31 |
希望小売価格 | 1,620円 |
書評日 | 2018.02.21 |
沖縄で米軍機の事故や米兵の犯罪が起こるたびに「日米地位協定」という言葉がメディアをにぎわす。でも、たいていは「協定によって○○(逮捕とか、調査とか、規制とか)できない」というだけで通りすぎてしまう。日米地位協定とはそもそもどんなものなのか、多くの人が知らないのではないか。僕自身もそうだった。そこで「地位協定の国際比較からみる日本の姿」というサブタイトルのこの本を読んでみることにした。
著者のひとりである伊勢﨑賢治は、国際NGOで活動した後、国連PKO幹部として東チモールの行政官となり、シエラレオネでは国連派遣団の武装解除部長を務めた。また日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を担ったこともある。自称「紛争屋」、世界の紛争地の現場で仕事をしてきた人である。本書はジャーナリストの布施祐仁が伊勢﨑へのインタビューを基に、他国の地位協定のありようを調査してまとめたものだ。
結論を先に言ってしまえば、1960年、日米安保条約と同時に結ばれた日米地位協定では、「準戦時」である占領下に結ばれた日米行政協定の内容がほぼそのまま踏襲された。そのため「平時」の協定であるにもかかわらず、米国が他国と結んだ地位協定にくらべ米国の権限が極めて強い、逆に言えば日本の主権が制限されたものになっている。
例をいくつか挙げてみよう。
刑事免責特権。主権の根幹にかかわる「最もセンシティブ」な問題だ。駐留軍の兵士や軍属が公務外で殺人・強姦などの犯罪を犯した場合、受入国側に第一次裁判権がある。しかし日米協定ではさまざまに曖昧な点がある。例えば、容疑者が基地内にいるかぎり逮捕・強制捜査ができない。十分な捜査ができないから、不起訴になる確率が高い(2001~08年の米軍関係者の強姦事件31件中23件が不起訴、強制わいせつ19件中17件が不起訴)。また、軍属の定義があいまいなため、直接軍務に関係しない者まで軍属として免責特権を持っている(昨年の米軍属による女性殺人事件で一部が改定されたが「あいまいさ」は残る。近年の米・アフガニスタン地位協定、米・イラク地位協定では、アフガン、イラク両政府の要求ですべての軍属の免責特権が廃止されている)。日本政府は主権にかかわるこの問題について、「世界で最も『寛大な』運用」をしていると伊勢﨑は言う。
基地管理権。米軍の航空機や車両が事故を起こしたとき、調査・警察権が問題になる。日米地位協定では、基地内では米軍が警察権を行使し、基地外では原則として日本側が警察権をもっている。しかし補足の「合意議事録」で、日本はその権利を「行使しない」ことを約束している。だから基地外で米軍機が事故を起こしても、日本側は捜査することができない。事故現場も文面上は日米が共同管理することになっているが、オスプレイ墜落事故などでも明らかなように、日本側は立ち入り調査できていない。また米軍機は日本の航空法適用を免除されているので、米軍の訓練などに介入できない。
日本と同じ第二次大戦の敗戦国であるイタリアとドイツはどうか。両国はNATOの一員として米国とNATO地位協定を結び、各国それぞれにそれを補足する協定を米国と結んでいる。イタリアと米国が結んだ「覚書」では、基地の管理権は原則としてイタリアにあり、米軍の作戦行動や訓練はイタリア側に事前通告し、イタリア法に従わなければならない(例えば飛行訓練の空域や最低高度をイタリア政府が決められる)。これは、1998年に米軍機がイタリアで死亡事故を起こし、それを機にイタリア政府が米に強く要求して実現したものだ。東西統一して「準戦時」から「平時」になったドイツが米と結んだ「補足協定」でも、NATO軍(米軍)の基地の使用には原則としてドイツ法が適用されることになった。
基地管理権では、もうひとつ大きな問題がある。駐留軍がその基地を用いて国外で行う軍事作戦をどうするかということだ。米軍の行動の結果として、受入国が戦争に巻き込まれる危険がある。2003年、米英軍がイラクを攻撃したとき、隣接するトルコ政府は国内の米軍基地を作戦に使うことを拒否した。1986年、米軍(NATO軍)がリビアを空爆した際も、イタリアは国内からの出撃を拒否した。「米軍が基地を国外での戦闘作戦行動に使う場合は、その可否を受入国側で主体的に判断するというのが世界のスタンダード」だが、日米地位協定はどうか。
協定では、そのような場合には日米両政府が「事前協議」することになっている。しかし、米軍機がいったん日本国外に移動し、そこから出撃するなら事前協議の対象にならないという密約が結ばれていたことが、民主党政権時代に明らかになった。その密約どおり、米軍は国外に「移動」した後でベトナム、アフガニスタン、イラクに投入されていた。実は密約には、もうひとつの取り決めがあった。朝鮮半島有事の際は事前協議なしに在日米軍は出撃できるというものだ。この密約が暴露され、日米両政府は密約が無効であることを確認したが、その際、朝鮮半島有事でアメリカが事前協議を申し出た場合、日本側は「適切かつ迅速に対応する」ことで合意した。この文面では「日本が米軍の出撃を拒否することはほとんど想定されていない」と著者は述べている。そのとおりだと思う。
現在、朝鮮半島では朝鮮国連軍(米軍)と朝鮮人民軍(北朝鮮)、中国人民志願軍(中国)との間で1953年に結ばれた休戦協定が生きている。朝鮮国連軍の後方司令部は横田基地に置かれ、横須賀、嘉手納など7つの在日米軍基地が同軍の基地になっている。もし朝鮮半島で休戦協定が破られれば、7つの日本の基地は自動的に戦争に組み込まれることになる。また日本は朝鮮国連軍とも地位協定を結んでいるので、それに基づいて朝鮮国連軍の作戦に便宜を図り、支援しなければならない。
「北朝鮮にとって、『単体の日本』は脅威でも何でもありません。北朝鮮と日本は、拉致問題はありますが、領土領海問題はありません。北朝鮮にとっての脅威はアメリカです。そのアメリカを“体内”に置いているから日本も脅威となるのです」
ほかにもいろいろな問題が論じられている。首都・東京と神奈川・埼玉など8県の上空に広がる巨大な空域が米軍管制下にあり、日本に航空管制権がないこと(トランプ大統領は来日したとき日本の管制を経ず横田基地に降り立った)。協定を結ぶ両国が対等な関係であることを象徴的に示す「互恵性」がないこと。日本が自衛隊を駐留させるためジブチと結んだ地位協定では、日本がすべての刑事裁判権をもつ(治外法権そのもの)など、逆に日本が一方的に有利な協定を結んでいること。朝鮮戦争休戦協定では、開戦になれば最も大きな被害を受ける韓国が、協定の当事者となっていないこと。自衛隊の国連PKOでもし隊員の国際人道法違反が生じたとき、それを裁く法も軍法会議も持っていないこと等々。
最後に著者たちは4つの論点を示している。これまで見てきたように、日米地位協定は国際比較すると「断トツに日本の主権が不在」といったことだが、最後の論点は僕たちの盲点を突くもので、はっとさせられた。
「国内で日米地位協定によって主権が損なわれていることに慣れてしまい、主権意識が麻痺している日本人は、ひるがえって、自衛隊の海外派遣先で逆の立場、つまり日本が地位協定によって特権を享受し、その国の主権と人々の権利を脅かすかもしれない存在になっていることに鈍感になってしまっている」
日米安保条約は国と国の同盟の大枠を決めたものだが、それが実際にどう運用されるかは地位協定に基づいている。ドイツもイタリアも、近年のアフガニスタンもイラクも、事件事故をきっかけにして世論を背景に米国に地位協定の改定を求め、本来あるべき主権を拡充してきた。日本の場合どうしてそうならなかったかといえば、地位協定が国の主権の問題というより「沖縄問題」にすりかえられたために(沖縄は可哀そうだけど自分たちには関係ない!)、国民全体の声にならなかった一面がある。著者も結論として述べているように、「必要なのは国民世論と国民運動」だ。日本政府の怠慢は、つまるところ僕たちの怠慢でもあった。(山崎幸雄)
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