ストリートチルドレン【工藤律子】

ストリートチルドレン

まずは「知る」ことからはじめよう


書籍名 ストリートチルドレン
著者名 工藤律子
出版社 岩波ジュニア新書(214p)
発刊日 2003.5.20
希望小売価格 780円
書評日等 -
ストリートチルドレン

いま、世界中の路上にどのくらいのストリートチルドレンがいると思う?その答えは、おそらく誰の想像をも超えている。推定でしかないけれど、3000万人からひょっとしたら1億人近いストリートチルドレンが、いまこの瞬間にも、路上で物乞いをしたり、公園の片隅で寝たりしているというのだ。

ジャーナリストの工藤律子は、12年間にわたってメキシコシティのストリートチルドレンとつきあってきた。年に1、2度、時には長期にわたってメキシコシティを訪れて彼らと親しくなり、ストリート生活から抜けだす手助けをし、現地NGOとの橋渡し役なども務めている。10年以上も継続的にそんな活動をしている彼女だからこそ書くことができたのが、この本だ。

ここでは主に6人のストリートチルドレンの姿が紹介されている。正直に言って、彼らがどうして路上に出ざるをえなかったのか、そこでどんな生活をし、いまどうなっているのかを読むのはつらい。でもそれは、間違いなく世界の現実でもある。

性的虐待を受けて家を飛びだし、路上でも性行為を強要され、ドラッグにはまったマルセリーノ。成人した彼は施設で職業訓練を受けたが、自立への道を見いだせないまま、かつて虐待を受けた実家へ戻っていった。

なんど収容されても施設から逃げだしてしまう12歳のロランド。物乞いやちょっとした芸で稼いだ金はゲームとドラッグについやす。「路上のほうが自由に生きられる。な!」と言いながら。

ロランドの元ガールフレンドだったマリソルは14歳のとき、行きずりの男との間にできた子を産み、子どもを実家にあずけて路上生活をつづけていた。2人目の子どもを妊娠してもドラッグをやめられず、意識もうろうとしたまま車にはねられて母子ともに死亡。

父親に虐待されて6歳で家を出、8歳でドラッグに染まっていたカルロス。露店を持ちたいという夢を持ちながら、その気持ちとは裏腹に路上パフォーマンスで稼いだ金はドラッグについやしてしまう。

継父に虐待されて家出し、収容された施設からも追い出されたアレハンドロ。本人の希望で再び施設にはいり、ドラッグから抜けだす治療を受けていたが、逃げだしてHIVに感染した。

あるストリート・エデュケイター(相談役)は、著者にこんなつぶやきをもらす。

「何とか路上生活から抜け出してもらいたいと、懸命に愛し、見つめつづけても、その思いに応えてくれる子どもは何十人、何百人中の一握りだけ。あとはみんな、そのまま路上で自分を痛めつけ、ボロボロになり、ろくな人生を歩めないか、頭がおかしくなるか、病気や事故で死んでしまう。路上の子どもたちの世界はつらく悲しいよ」

別のエデュケイターは、無力感からか、みずから設立したNGOをやめて行方をくらました。それでもなお、私は思う、と工藤は書いている。

「私は日ごろ、自分が肝心な時に(日本に帰って)不在で、路上の友人たちの力になってあげられないことがあるのを歯がゆく感じている。しかし、考えようによっては、そのおかげでこの仕事を長くつづけていられるのかもしれないとも思う。子どもたちの現実を長く見つめつづけ、伝えつづけていく。この役目は少し距離をおいた立場のほうが、うまく遂行できるのかもしれない。でなければ、現実のあまりのきびしさに、自分がつぶされてしまうだろう」

彼女自身もいくつもの子どもたちの不幸に立ち合い、さまざまな葛藤の末に、このようなスタンスを選んだ。そんな彼女を支えるのは、数は少なくとも、彼女を信頼してくれる「路上の友人たち」がいるからだ。14歳のときレイプされて妊娠し、路上生活を捨てて施設で子育てをしているオルガは、工藤にこう告げる。

「どうか私のこと、娘のこと、そして路上の仲間のことを、いつまでも見守りつづけてください」。それに対して工藤は、こう記している。「地球上に少なくとも一人は、私たちが会いに来ることを期待し、待っていてくれる」と。

いま、メキシコシティでは1万4000人のストリートチルドレンが路上生活をしているという。最近の深刻な問題はドラッグの普及、HIV感染、売買春やレイプの増加だ。また、かつては少年が多かったのが少女が増え、「路上生まれの第2世代、第2世代が生んだ第3世代」が出てきているともいう。なぜ、子どもたちは路上に出ていかざるをえないのか。

メキシコ農業は大農園主による大規模農園が中心で、大多数の貧しい農民は小作になるか、都市へ移住してスラムをつくって住むしかなかった。1990年代にアメリカ、カナダと自由貿易協定(NAFTA)が結ばれると、貧富の差はいっそう拡大した。

両国から安い農産物が流れこみ、農業はいよいよ衰退している。都市にはアメリカ資本のスーパーマーケットが立ちならび、大量の消費物資が輸入され、それらに押されて国内産業も疲弊している。

しかしメキシコ人の半数以上を占める貧困層には、そうした商品を買う経済力はないし、外資系企業に雇ってもらえるだけの学歴もない。貧困層が働けるのは、建設労働者、家政婦、物売りといった職業に限られる。崩壊家庭が増え、親は子育てに投げやりになったり、そのストレスを子どもに向けたりする。子どもたちがストリートに逃げ出すのは、そこからは一歩のことだ。

過去の経済発展のゆがみに加えて、「経済のグローバリゼーション」が、ストリートチルドレンの背景にある。これはメキシコだけの現象ではない。

2003年の日本、ストリートチルドレンはいないけれど、彼らがかかえている問題、たとえば親による虐待、愛されることの欠落、そのことによるアイデンティティーの混乱といったことは、路上ではなく別の場所で別の現象として噴出している。またストリートチルドレンを生みだすグローバリゼーションという構造と、僕らは無関係ではありえない。そこで僕たちができることとは、なんなのか。

工藤は、ジャーナリストとしての活動の一方、NGO「ストリートチルドレンを考える会」(http://www.netlaputa.ne.jp/~child_fn)を運営している。まずは、「知る」ことからはじめても遅くはない。(雄)

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