しっぽ学【東島沙弥佳】

しっぽ学


書籍名 しっぽ学
著者名 東島沙弥佳
出版社 光文社新書(224p))
発刊日 2024.08.20
希望小売価格 946円
書評日 2025.01.18
しっぽ学

本書のタイトルを見た時は「しっぽ学」という言葉に驚きつつ、著者はどんな人なのかといった思いも湧き上がったが雑学的な興味に惹かれつつ読み進んだ。教科書的な入門書というよりも著者は自分がしっぽの研究者として歩んできた道を書いたと言っている。ただ、この分野はまだまだ確立した研究領域ではないようで、「しっぽを研究しています」と自己紹介すると相手に怪訝な顔をされたり、笑われたりするとのこと。経緯は著者が辿って来た大学の学部・学科からも良く判る。まず、文学部で考古学を学び、土器や石器そして動物の化石研究がスタート。動物の化石を扱う考古学は文系だが、人骨を扱うと理系の人類学になる。

そんな縦割り組織の中で、理学部理学研究科、医学部などに在籍してしっぽの研究を続けていることに著者本人は特段の抵抗感はなかった様だが、面倒を見てくれた先輩からは「裏切者」といわれたり、他の研究者からは「半端者」といわれたくやしさを綴っている。一般的に専門家とは一つの狭い分野を極めた研究者というイメージが強く、特に新たな視点や手法に基づく研究は「文理融合」「学際研究」「分野横断的」などと称される。著者にしてみると、敢えてそうした言葉で特別視される学界風土に疑問を呈しつつ、研究を続けられた支えの一つが複数の登山道を持つ富士山を多様な視点から描いた北斎の富嶽三十六景だったという。本書は著者自らのしっぽ愛が満載の一冊だ。

普通しっぽと聞くと、思い浮かべるのは愛犬のしっぽやカンガルーの巨大なしっぽ、はたまた、魚の尾びれなどだが、本書で語られているのは脊椎動物のしっぽである。生物学的なしっぽの定義については「位置」「中身」「かたち」の三点が挙げられている。「位置」とは「臀部の排泄孔より後ろにある」こと。「中身」とはしっぽの中に椎骨、筋肉、神経、血管で構成されていて、自在に動かすことが出来る。「かたち」とは体の外に突き出しているというもの。同種の動物でもしっぽの長さは生息地域の気候に左右されるあるという。寒冷地に住む動物は体表面積を小さくすることで体温の低下を最小化するために、耳も小さいし、しっぽも短くなる。猿でいえば北限にすむニホンザルは一番しっぽが短く、ひとの親指位である。そして、人間は背骨に沿って指を下げて行くと、骨のでっぱりは有るが、しっぽは無い。

人類学的に猿からヒトへの進化の過程も興味深い。霊長類の骨や筋肉を研究してきた著者であるが。霊長類というと「猿」と「類人猿」、英語では「モンキー(monkey)」と「エイプ(ape)」に分割される。ただ、日本語では「猿」という概念が広く曖昧に使われている。例えば、映画の「猿の惑星」は英語の原題は「Planet of the Apes」なので、正しくは「類人猿の惑星」ということだ。この「monkey」と「ape」の違いはしっぽの有無で峻別される。類人猿は生物学的には「ヒト上科」と呼ばれるグループで猿との違いは、しっぽの有無だけでなく、類人猿は肩関節から腕全体を上に上げることが出来るが猿は肘から先しか真上に上げることはできないという可動性の違いがあるという。

次の疑問は類人猿進化の中でしっぽが残っていたオナガザル科としっぽを失ったヒト上科の分離時期はいつだったのかということである。共通祖先のエジプトピテクスの化石(3500万年前)では遠位尾椎が残っているのでしっぽはあった。そしてヒト上科の祖先1800万年前のエケンボではしっぽを喪失している。この1500万年の間でいつ、何故しっぽを失ったのか。

以前は「二足歩行によってしっぽを失った」との学説が主流だったが、現在は間違いとして証明されている。樹上を歩く必要がなくなったことでバランスを取るためのしっぽが不要になったという「ぶら下がり運動適応説」が唱えられたが、これも1550万年前のナチョラピテクスの全身骨格化石が発見されて、樹上を四足歩行してぶら下がり適応していないが、しっぽを喪失していることが判明している。こうした学説の変遷の中で、現在ではゆっくり樹上を動くことによりバランス維持のためのしっぽが不要になったという学説が生まれた。しかし、この学説でも緩慢な動きと骨格の関連が説明出来ていないという弱点があるなど、現在も確定した学説はないようで、新たな化石の発見が待たれる状態。

しっぽと発生生物学の視点も面白く読んだ。ヒトの受精からの発生過程を辿ると一度しっぽが生えて、成長とともに失うという。ヒトの発生過程(40週間)の最初の10週間は大まかな形が形成されるが、その段階を「胚」という。京都大学にヒト胚の膨大な標本があり、世界三大コレクションと言われているが、これは1961年以来旧優生保護法に基づいて収集されたヒト胚、胎児標本群である。これらの標本から著者はヒトの体の生成過程を研究している。胚の中央に将来脊髄になる神経管が一本通っている。この管に沿って体節が作られ、その体節を数えて行くと言う地道な研究だ。「胚子」の初めの頃は胴体がどんどん伸びてしっぽ部分の体節数も増え続け、あるとき体軸の伸長が停止した直後に一気に5対分の体節がわずか2日間で消滅するという。しかし、何故この様にしっぽが発生し、しっぽが失われるのかは判明していない。このメカニズムの解明の為には細胞挙動等の研究が必要だが、サンプル破壊を伴う実験手法のためヒト胚ではなく実験動物で研究せざるを得ないという。こうした制約も言われてみればなるほどという点だ。

「人」はしっぽのことを非常に気にして生きてきた歴史が有る。しっぽの生えた人が登場する民話は日本だけでなく、世界各国にあるという。歴史文献に残っているものから「人」と「しっぽ」に関する考察も興味深い。「日本書紀」の記述に著者は注目している。そこには天皇の事績だけでなく、自然科学的な日食・月食といった天文記録や災害記録が記載されている。その中でしっぽや身体に関する記述が紹介されている。

即位前の神武天皇(彦火火出目)は奈良県吉野でしっぽのあるヒト二人に遭遇したという話。井戸から出てきた「国つ神の井火(いひか)」と名乗る人物と次に「士族の祖」と称する彼らにしっぽがあったと書かれている。また「生まれつきXXという特徴があった」という身体的な特徴を持った人達に関する記述も多くあり、そこから先天性異常症研究の観点からも意味が有るとしている。日本書紀の持つ別な側面の読み方が示されている。 

このようにしっぽについて多くが語られているのだが、著者がレストランでテール・スープを注文し、食べたテールから骨が出て来るとその骨を綺麗に拭いて家に持ち帰るというエピソードを読むと面白い研究家というより、いささか過度なしっぽ愛に驚かされる。

また、文理融合とか分野横断的という分野の垣根について、私はそんなもんだという考えだ。というのも、55年前に在籍していた経済学部ゼミは経済学を含めた広義の社会科学方法論に関するゼミで、ある意味「文理融合」型のゼミだった。教材はカール・ポパーの「歴史主義の貧困」やルドルフ・カルナップの「確率の論理的意味」などで、経済学書だけでなく確率論や分析哲学等も取り込んでいた。そのためゼミには文学部の哲学科や工学部の数学科の学生が顔を出したりしていたこともある。まさに、学際的なアプローチだったが特段の違和感も無く過ごしたことを思い出す。しかし、その頃ゼミの担当教授が学部教授間でどんな評価を受けていたのかは知らないのだが。(内池正名)

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