書籍名 | 外国人が見た幕末明治の仰天ニッポン |
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著者名 | ロム・インターナショナル |
出版社 | 河出書房新社(208p) |
発刊日 | 2024.02.27 |
希望小売価格 | 1,980円 |
書評日 | 2024.08.18 |
著者のロム・インターナショナルは1983年創設の書籍制作会社で11名で構成されている。集団による広い視野からの情報収集の良さもある一方、一人で書くことで明確になる尖った意見の部分が少ないという感覚は否めないのだが、気楽に読んで、雑学的エピソードを楽しみつつ新たな興味のトリガーを狙った一冊だ。
各国の文化や自然が情報として流通している現代と違い、江戸期は鎖国政策をとり、日本独自の文化を地政学的には辺境の地で培ってきたことを考えると、幕末から明治初期の日本を訪れた外国人にとって未知の文化に対する魅力や驚きも大きかったことは十分想像できる。本書は、ペリーやイザベラ・バードなど55名の人物が残した文献や日記から多様な分野での経験や視点を核にまとめたもの。55名を職業でみると学者、医者、役人、宗教家、軍人、一部旅行者や記者など、職業は多岐に渡っている。一方、国別でみると英国、米国など西欧諸国の14カ国の人々なので、本書のタイトルは「外国人」となっているが実態は「西洋人」ということになる。
本書で取り上げているテーマは自然、生活のインフラ、社会の仕組み、意識・考え方、食べ物、服装、仕事など幅広い。当然、同じ事柄でも人によって受け止め方や意見の違いはあるし、肯定・否定とか正・誤という二択的に捉えるよりは、日本の文化を他者が見るとどの様に見えていたのかを知ることを基本に読んでみた。また、現代人の我々から見て、江戸末期から明治の日本とは大きく変化した部分もあれば、現代の我々の生活に根付いて残っているものもある。世界も変わり、日本も変わった、その中で時代を振り返りつつ今を理解する読み方や、紹介されている多くの原本を読んでみようという刺激が得られれば良いと思う。
第一の視点は日本の自然や生活に関するもので、外国人たちのコメントを読んで再認識したというか、気付きのあった点を挙げてみたい。
明治期に来日した宣教師のウェストは「日本人にとって詩歌は自然を描写する印象主義の産物」と日本人と詩歌そして自然との係わりの深さを指摘している点。そして、日本の農業文化の特徴をイザベラバードは「山腹を削って作った小さな畑も良く耕作されており、風土に適した作物を豊富に産出する。草ぼうぼうの’なまけ者の畑’は日本には存在しない」と語り、札幌農学校設立に貢献したクラークも日本の畑の手入れが行き届いている点をアメリカの農業との比較で指摘している。また、庶民の一般的な住居については、6畳一間と土間という狭さに驚きつつも、畳が持っているフレキシブルな合理的な機能について「畳は椅子やソファー、寝台、マットレスといった家具の機能を満たしているので、日本の家庭には余計な家具が備え付けられていない」という指摘は畳文化を再認識させてくれる一言だと思う。
第二の点は、政治・社会の分野で、江戸期に来日した外国人たちが混乱の一つが、天皇と将軍の区別だった様だ。ウイリアム・アダムスは家康のことを「皇帝」とか「王」と表現していた様に将軍の持つ権限や役割については曖昧だったことが判る。一方、幕末に来日した医師のケンペルは「日本には二人の主権者が居て、天皇は宗教上の皇帝であり、将軍は政治上の皇帝である」と書いている。これはペリーを始めとして幕末に来日した西洋人たちの共通の認識の様で、彼らにしてみると「ローマ法王」と「各国皇帝」という関係に重ね合わせて見ていたといわれている。しかし、天皇を担いだ新政府軍が将軍に勝利したことから、天皇は宗教上の皇帝に止まらなくなったことを示して、過去の理解は覆されていった。
日本の治安の良さについてはザビエルも「こんなに泥棒のいない国はめずらしい」と書いているが、その理由を「法律の厳格な施行と泥棒も捕まると極刑」という定めにあるとみている。たしかに、江戸幕府の「勘定書百ヶ条」では盗みは金額の多寡にかかわらず死罪であり、罪人の家族まで及ぶ連座制の処罰の定めもある。また、処罰に関しての残虐性にも注目している。単に死刑と言うだけでなく、公開処刑(市中引き回し)、首をはねてその首を獄舎の門の外に曝す(獄門)といった付加刑によって名誉を傷つけることで、死よりも辛い罰を受けることを民衆に見せつけることで法を守らせようとしている。こうした制度についてはは外国人からの批判的な見方が多く見られる。
第三の点は日常生活における「不思議」として取り上げられているものの一つが、日本人の入浴好きである。明治期には「東京だけで銭湯が800軒あり、一日30万人が利用している」と驚いているのも、そのころヨーロッパの貴族階級でも入浴は月に一度、庶民の入浴習慣はあまりなく、習慣化したのは第一次世界大戦後と言われている。シャワーとか、水浴びですましていたとすると、逆に私は驚いてしまうのだが。
日本女性の化粧についてはかなり否定的な見方をしている。外交官のアーネスト・サトウは「彼女たちの容貌は黒く染めた歯と鉛の白粉で台無しになっている」とか、イザベラ・バードは「女性は化粧を3時間かけてやった結果、無表情な人形が正装して出てきたようにみえた」と散々である。この化粧をロシア人探検家のゴロウニンは「死人のよう」とまで言っている。
食事については、「不条理なほど少量」とか「人形のままごと料理のようで、男の胃袋には適さない」といった量にまつわる問題と肉の無い食生活に辟易としている姿が語られている。また、日本人の悪癖と言っているのが、飲酒の習慣である。西洋人は酒を好むが相手にしつこく勧めたり、泥酔するまで飲むことはしない。そして、銭湯の混浴や、ヨーロッパでは道徳的にも法律的にも禁止されていた武士や僧侶の大っぴらな男色などが挙げられている。
そして、明治維新とともに急速に西洋化が進んだが、日本政府に雇用された外国人の中にも日本のやみくもな西洋化に疑問を呈する人もいた。北海道開拓使として貢献したエドウィン・ダンは「日本人は日本人として前進しなくてはならぬ。日本人が古い拘束や習慣から開放されるのは良いとしても、過去の美徳を時代遅れとして排斥するのは愚の骨頂」と伝統や貴重な遺産を捨て去りつつあることを愁いている。そうした、継続すべき点としてペリーは日本の工芸品づくりで示される技巧・技術の素晴らしさに接して「日本人が文明世界の技能を有したならば、機械工業の成功を目指す強力なライバルになるだろう」と書いている。日本が明治以降近代化を進めて工業国家としての着実な歩み進めて近代に至った日本の姿をペリーは予測していたという事だろう。
面白、おかしく読み終えてみると、西洋人が日本を評価している点については既知の事柄もあれば、新たな視点からの気付きもあった。そんな読書の過程で、ペリーの「日本遠征記」を読んでみようと思った。そして、西洋人ではなく、中国や朝鮮の人達が江戸から明治にかけて、どんな見方をしていたのかを確認する意味でも、本書では触れられていない「老松堂日本行録」はじめ朝鮮通信使たちが書き残した日本に関する文献への興味も湧いてきた読書だった。(内池正名)
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