書籍名 | 国鉄乗車券類大事典 |
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著者名 | 近藤喜代太郎・池田和政 |
出版社 | JTB(512p) |
発刊日 | 2003.12.18 |
希望小売価格 | 7500円 |
書評日等 | - |
自動改札機を流れるように乗降客が通過していく。もう、収集したり、研究したりする対象の切符はない。改札口で駅員が入鋏用ハサミをカチャカチャ言わせながら乗客を捌いていた時代こそ収集欲をそそられる乗車券が発行されていた時代だった。官営・国鉄・JRの変遷を通して100年を超える期間使用されてきた各種の乗車券は、マニアにとって収集対象としてはどんどん遠ざかっているのが現状である。
この切符蒐集・コレクション分野の特徴は使用済み切符は回収され、合法的に使用済み切符は存在しないということである。記念切符や入場券収集家は未使用のものを保有するケースが多いが、通常乗車券については特に古いものはその存在について決定的な弱点となっている。コレクションとして切手蒐集とまったく異なる点である。
また、吸収合併を繰り返した官営時代は旧民営鉄道会社の残滓として多様な乗車券体系が残されたし、国有化後も各鉄道管理局ごとに印刷されたことからその差異もあった。従って、切符が現物として体系的・網羅的に残りにくい環境もあり、蒐集や研究は国鉄や交通学者によってなされるよりもマニアによってリードされてきた分野だった。
本書の著者である近藤も池田もマニアとして著名な人たちである。ついにまとまったかという感慨とともに本書を手にした。しかし、読者としては有り難いのだが、部数もそう期待出来ないこの種の大著発刊に踏み切ったJTBも大胆といえば大胆だ。
本書の特徴はまず、旅客サービスについて序論的・通史的にまとめていること。そして白眉は国鉄時代の乗車券類を種別に分けて、その種類別に発生した状況と制度を体系的にまとめていることである。圧倒的な網羅性は現JR、関連機関、天理参考館、そしてアマチュアを含めたオール・ジャパンで作られたことの成果だと思う。過去こうした形で一般に刊行された本はなかったのではないか。
1980年に辻阪昭浩によって発行された「国鉄乗車券類歴史事典」は2000部の限定出版であったし、図版の充実は見事であったが制度までを網羅的にカバーはしていなかった。その後永らくこの図鑑を越えるものは出版されなかった。その意味で本書の発刊が快挙といわれる由縁である。
鉄道マニアといわれる人たちは、汽車・列車といった車両系、ダイヤ・時刻表系、切符系などに分けられる。本書では、マルスに端を発する旧国鉄の予約システムと端末機で出力される切符の仕様についてもしっかりと解説している。この分野は切符収集に興味を持つ人たちにとっては多少外れていると思うが対象を絞ることはせず、より広く「旅客サービス」という範囲をカバーしようとする姿勢が見て取れる。
ただ、数多く収録されている実券の図示はモノクロームで図示されているものがほとんどで、カラーによる図示が相対的に少ないのは残念なところである。収録されている実券の写真は著者の収集物を使ったとされているので、コストとの兼ね合いは判るがカラー口絵としてもう少し充実させたらと思う。
とはいえ、著者の研究心を超えて、本書刊行に突き動かしてきた心情は次の文章に集約できるのではないか。
「近年、電子技術の進歩によって乗車券は自動発行され、単純・平凡となったが、本書ではそれに至る道程を顧み「手作り切符」という文化の興隆と終焉を見とどけ、官鉄・国鉄の旅客サービスの集大成としたい」
今後10年や20年は本書に取って代わる乗車券の網羅的・体系的な書籍は出てこないだろう。いや永遠に出てこないのではないか。この分野は現在を語るものではなく過去を分析する分野になってしまった。まさに「文化の興隆と終焉」である。(正)
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