カラスの教科書【松原 始】

カラスの教科書


書籍名 カラスの教科書
著者名 松原 始
出版社 雷鳥社(399p)
発刊日 2012.12
希望小売価格 1,680円
書評日 2012.12.18
カラスの教科書

タイトルの通り本書はカラスの生態に関するものであるが、専門書的な書きぶりではなく、ちょっとした知的好奇心をくすぐる読み物として面白く書かれている。著者曰く、読み手によって本書はいろいろと姿を変える。カラスの初心者にとっては「教科書」であり、地方自治体の清掃・環境担当者にとっては「強化書」になり、カラス嫌いに対しては「教化書」、カラス大好き人間の「狂歌書」にもなるという。真面目な本であるが、著者の器用さや柔軟な発想がふんだんに仕組まれた本になっている。当然評者はカラス初心者なので「教科書」として読み進んだ。

カラスといえば我々人間の生活圏で一番多く存在する自然の動物だが、好きな鳥かと聞かれれば、嫌いとの意見が大多数だろう。しかし、本書を読んでみて、カラスについて知らないことや多くの誤解をしていることを痛感させられた。もともとカラスについては興味の埒外だったのだが、その研究自体が難しいようだ。鳥類の調査方法は、調査許可を取り、かすみ網で捕獲し、計測し、標識をして個体識別し、その個体が縄張りを作り、何羽のメスと交尾して、どのくらいの子供を残したか、などを調べていくのが通常のやり方。

一方、カラスは行動範囲が広く、捕獲が難しいため標識も付けられず、年齢把握や性別判別が難しく、営巣は高い木で常緑樹を好むので観察し難い・・・など。行動生態学的に観察しようとするとなかなかやっかいな鳥であるらしい。加えて猛禽ほど人気も希少性もないから、ますます誰も調べないという悪循環のようだ。

著者の経歴を見ると、「京都大学の卒業研究でカラスをテーマとし、そのまま大学院に進学。修士・博士とカラスの採餌行動をテーマにしていまだに研究を続けている。博士課程までカラスで押し通したのは日本では私が初めてではないかと思う」と記されているように、学問対象としてのカラスがマイナーであるということは、学問的評価を追い求めていくという学究姿勢だけでなく、同時にカラス好きということが必須条件なのだろう。その点著者のカラスに対する温かい眼差しは本書の中の随所に表現されていて、人がカラスに抱くネガティブな発想に対して誤解を解こうと説明をしつつ、けっして押し付けがましくなくユーモア豊かな表現になっている。

著者の専門領域が「カラスの採餌」だけに、序は「明日のために今日も食う」というタイトルで始まり、第一章カラスの基礎知識、第二章カラスの餌と博物学、第三章カラスの取り扱い説明書、第三章カラスのQ&A、最後におまけとして「あなたのカラス度診断」で構成されている。章を進めていく過程では、カラスだけでなく、鳥類、ひいては動物との比較も行われている。例えば、ヒト・ヘビ・トリの食餌比較である。

「外温性のヘビは実に少食で、体長1.5m程になるシンリンガラガラヘビは状況によって違うが、一年にリスを二匹、おやつにネズミが二・三匹あれば足りる・・・しかし、代謝の活発な鳥類は体温が40度もあり、哺乳類以上のペースで餌を食べないと死ぬ。しかもなるべく身体を軽くしたいから、ちょっと食べては飛び、飛んで空腹になったらまた食べる。まさに明日のために食べるのではなく、次の一時間のために今食べるのである」

とか、カラスはスズメ目カラス科カラス属に分類されていて、約40種がカラスらしいカラス。スズメ目なのかということに驚いたら、世界に一万種いる鳥類のうち6000種ほどはスズメ目とのこと。散歩をしていて、どんな鳥がいても「スズメの仲間だな」とつぶやくと半分以上の確率で正解になるという話などに加えて、カラスの寿命、遊びや模倣など、雑学本としてはかなりの完成度の高さだ。カラスの一生については、巣作り、縄張り、産卵、子育て、巣立ち、若鳥のグループ化など多彩なテーマが展開されている。その巣立ちのなかに面白い事象が紹介されている。

「雛たちは少なくとも9月から10月には徐々に巣立っていくのだが、独立が遅れると親は怒る。特に雄親が怒る。・・・何度かその現場を見たことがあるが、雄がもう大きくなった雛を追い回すと、雛は慌てて雌の後ろに隠れる。・・・雌は積極的に喧嘩には参加しないのだが、雄と自分の後ろに隠れる雛を交互に見ながら非常に困っている様子だった。・・・有り体に言えば、頑固親父が卓袱台をひっくり返して『出て行けぇ!!!』と叫ぶのを前に、『あらあらお父さん、もう許してやって下さいな』とオロオロしている昭和の母のようであった」

カラスの食性は雑食性であり、鳥類も食べる。猛禽類と違って大した飛行能力もなく、一撃で獲物を仕留める爪も持っていないので主として鳥達の卵や雛を食べている。このあたりが鳥好きに嫌われる理由のようだ。そして「有効な武器を持たないが故の採餌の見た目のむごたらしさ」がますますカラスの評判として「残虐」「卑怯」といった評価になっていく。「青虫」を道路に叩きつけて食べる多くの小鳥達が「残虐」と言われないのはひとえに「青虫」に同情するやつがいないだけ、とコボしているあたりは著者のカラス好きのあらわれである。また、カラスに襲われたという報道や話は良く聞くところだが、それは大きな誤解だと著者は次のように言っている。

「カラスというと『怖い』『襲ってくる』というイメージが非常に強い。だが、『何もしていないのに急に襲ってくると』いう例は滅多にない。身体的接触を伴う攻撃も滅多にない。・・・慌てて転ぶ方が危険だ。まず、カラスが人間に敵対的な態度を取るのは雛を守る時だけである、という点は忘れないで頂きたい。採餌の邪魔をされれば機嫌の悪い声ぐらいは出すかもしれないが、襲ってくることはない。カラスから見ると人間はとても大きくて怖い存在なのだ」

加えて、カラスの威嚇、攻撃の手順や鳴き方の特徴も解説されていて、それを理解しておけば「急に」襲われるということはないという。巣に近づいたり、雛が居たりしたときのカラスの警戒の声に人が気づかずにボンヤリしているとカラスは警戒レベルを上げていき「威嚇」に変わっていく。

「人の頭をかすめるように飛ぶ。ただ、基本的に怖がりなので人間に正面から行くことはない。必ず後ろからかすめていくだけである。残念ながら人がカラスに気づくのはこの段階である。カラスと人間の体重差は100倍、人間の100倍といえばアフリカゾウの体重に等しい。人間がアフリカゾウに徒手空拳で蹴りを入れることはないだろう」

この説明はカラス好きにしか出来ない説得力がある。本書のページをめくり、読めば読むほど、雑食性で際立った攻撃力や武器を持たないカラスという生物は人間に似ていると思いはじめた。何でも食べる食の柔軟性や道具の利用、模倣、記憶力など人間とのレベルの違いは有っても、知恵を使いつつ非力を補完して他の生き物と競争していく姿は良く似ている。付録の「カラス度診断」をやってみた。結果評者はカラス度80%と診断された。 「ひょっとして周囲からカラスっぽいと言われていませんか。開き直って真っ黒な服で仕事に行きましょう。『っぽい』と囁かれるうちは嫌かも知れませんが、『カラス』といわれてしまえば楽になるというものです」

なるほど、諸兄もカラス度診断を一度やってみることを勧める。(正)

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