| 書籍名 | 究極Q太郎詩集 散歩依存症 |
|---|---|
| 著者名 | 究極Q太郎 |
| 出版社 | 現代書館(264p) |
| 発刊日 | 2024.12.22 |
| 希望小売価格 | 3,080円 |
| 書評日 | 2026.02.17 |

一度目にしたら忘れられない名前を持つ詩人の、気になるタイトルの詩集が大岡信賞を受けたというニュースを読んだ。しばらくして本屋の棚でその本を見かけて、久しぶりに詩集を買った。
『究極Q太郎詩集 散歩依存症』とある、その「依存症」ほどでないにしても、小生もまた散歩を日々の習いとし365日よほどの事情がない限り歩いている。6年前、血液のがんである悪性リンパ腫にかかり、10か月の抗がん剤治療によって寛解した。でも抗がん剤の後遺症で膝から下に痺れが残ったままになった。その間に3週間の入院もあり、脚の筋力は目に見えて衰えた。このままでは歩けなくなってしまう、と思って毎日の散歩を始めたのだった。
さて、究極Q太郎が歩くのは公園や野原や田園でなく、ごく普通の都会の住宅地である。
「袋小路と見えてひそかな抜け道。/大通りをふいっと/そそのかされるように逸れた。/その道は狭く/古びたアパートに突き当たって/尽きているように見えた。/そこまで行くと/脇に回りこんで下に下りる階段が隠されていた。/その先がさらにあやしく/ごちゃごちゃした家並みに巻き取られて/渦の目とふっつり途絶えてしまうかに思われた。/するとまた階段が現れる。
……
そうやって一日を掛けると/歩き疲れてのぼせる。/日が暮れていく。/伴いながら移ろっていく。/日がのぼせ/私のからだが暮れていく。/私は風景になり/風景は私になる。」(「蜻蛉<あきづ>の散歩」)
一見散文のように言葉を連ねながら、そこからじわっと立ちのぼってくるものがある。袋小路に入り込み、行き止まりと見えたところに階段の道があり、またもやどんづまりと思えたところに現れる階段。歩みを進めるごとに、周囲の風景のなかに「私」の意識が少しずつ溶け出していく、そんな感覚。
究極Q太郎が散歩を始めたきっかけは、アルコール依存と不眠症と鬱に「身の破滅」の危機を感じたことらしい。仕事を終えて、電車に乗らず夜の町を4時間ほど歩いて家へ帰る。休みの日には都内や近県の町に出かけ、10時間歩く。「私の散歩は、地図を見ないデタラメで……出たとこ勝負の『インプロヴィゼーション』方式だった。都内で迷ったところで『遭難』などせず、どのみちどこかしらの駅には辿りつける」。
そんなふうに歩くQ太郎の散歩スタイルを、もう少し抽象度の高い言葉で構成した詩がある。そこからは、彼が散歩という行為に込める意味がうかがわれる。詩集の冒頭に掲げられた「散歩頌 ウィスパー作戦」。
「いましめのように足を縛る『居心地』から/足を抜き、まず歩き出せ。
……
ひとつの現実ともうひとつの現実は/一見かかわりがないように見えるが/うすい隘路によってつながれている。
壁を自在に通り抜ける/透明人間のような、分身となって歩けば/君はかならずその隘路を渡るだろう。
……
分身が動くと/つられて線分が動く/星が動いて/星座の座が歪む。
そのとき現実に罅が入る。/それこそが、君の/手がかり、足がかり/支えともなる
とりつくしまのないと思われた壁に/穿たれた抜け穴ともなろう。
そうやって何度も/潜り抜けていくさきには/兆しはじめていくものがある」
都市の袋小路に入り込み、行き止まりと思えた先に細い道が見つかり、さらに先に歩く。そんな繰り返しの行為と、「現実」「壁」「隘路」「罅」といった、著者が生きているこの時代に対する認識とが重ねられている。言葉のリズムが持つ醒めた抒情とでもいったものが、Q太郎の生のスタイルを伝えてよこす。
年譜によれば、究極Q太郎は脳性麻痺など重度障害者を介助することを仕事にしている。大学を中退し、はじめボランティアで、やがて専従介助者として活動するかたわら、障害者運動や自主講座、ミニコミ誌の刊行、「だめ連」と行動を共にし、インフォメーション・カフェの運営など、さまざまな日常活動を実践してきた。その傍ら、何冊もの手づくり詩集を刊行している。大学受験の浪人生のころ、『現代詩手帖』投稿欄の年間最優秀に選ばれたというから早熟な詩人だったのだろう。
もう一本の補助線がある。本文の最後に、詩とも散文ともつかない文章が収録されている。
「絶望しながらどこかに突破してゆく抜け道を窺う。/それが私のアナキズム。」
これも年譜によれば、Q太郎は若いころからイタリアのアウトノミア(自治主義とか自律主義とか訳される)運動に興味を持ちつづけてきた。右であれ左であれ中央集権的な組織や意思決定を嫌い、徹底した話し合いによる合意形成と自己組織化を目指すアウトノミアは、アナキズムの影響が大きい。
現代のアナキズムについて小生は詳しくないけれど、かつての暴力的な革命やテロリズムといった思い込みとはずいぶん違う思想と運動であるようだ。ヨーロッパではなくアメリカのアナキストが書いた本を、このサイトで取り上げたことがある。デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』。そこから、いくつかの文章を抜き出してみる。
「(アナキズムとは)『ある姿勢』、あるいは『ある信仰』である。……生きやすい社会を築くためのよりよい社会関係があるという確信、そのような社会が存在しうるという信念である」
「(アナキズムとは)『古い社会の殻の内側で』新しい社会の諸制度を創造しはじめるという『企画(プロジェクト)』である」
「強調されるのは、快楽や祝祭やそこではすでにわれわれが自由であるかのように生きることができる『一時的自律圏』を創造する方向である」
これらの文章に究極Q太郎の詩を重ねてみれば、その感受性とスタイルが、グレーバーの言うアナキズムととても親近性を持っているのに気づく。散歩し、隘路をたどった末に出会う時間と空間は、「自由であるかのように生きることができる」垣間見られた未来であるかもしれない。彼の詩だけでなく年譜からもうかがえる、どんな組織にも属さず、商業主義から距離を取り、障害者と生きてきた彼の暮らしもまた、アナキズムの実践と言えるかもしれない。
究極Q太郎は長いこと老犬と、時には兎と暮らしてきたようだ。タマと名づけられた兎と一緒に寝る、こんな詩が書かれている。
「木曜日、私が床の上に横になるときタマが身を寄せてきて丸く座り/耳を背中にぴったり寝かせる。/体を撫でてあげると/うっとりと瞼を閉じて/いつまでもそこにいる。」(「いっしゅうかん」)
兎と寄り添い、互いにぬくもりを感じあっている詩人の姿は素敵だ。最後にもうひとつ、散歩の詩から。題はそのまま「散歩」。
「散歩は/いつまでも道の上にあること/たどり着かないことが/楽しいのだから。
鳥や虫が閃き/草が被う樹が佇む/ひとの営みがあり/神はなくとも空はある」
究極Q太郎の詩を読んで思い浮かんだのは、鮎川信夫の詩「橋上の人」だった。詩の構えと、滲み出る抒情に共通するものがある、と思った。「いくつもの通路を抜け/いくつもの町をすぎ/いつか遠くの橋の上にやってきた」橋上の人。橋に立つ影法師は戦争という時代の体験をくぐりぬけた孤独な詩人の姿だったが、究極Q太郎の詩も障害者と生を共にすることによって、格差や差別がむしろ拡大するこの数十年の時を意思的に生きようとする姿勢から生まれた「依存症」であるに違いない。散歩する詩人もまた、橋上の人がそうだったように「炸裂する真昼の花火を夢みている」のだろう。(山崎幸雄)
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